(竹中先輩、不治の病で退学したって)

嗚呼、この医療発達の時代、あんな若くて美しい人がどうしてそうなるの。
竹中先輩は学校でも見目引く美しい男性だったから、その凶報を噂している女子が学校中にわんさかいた。

(ねぇ知ってる?竹中君さぁ…)

嗚呼もういいじゃないの、何度聞かせれば気が済むの。これじゃ夢だって言い聞かせられないじゃないか。こうして怖い3年の校舎に単身乗り込んできたのも、私の大好きな竹中先輩がやっぱりいたよって確認する為なのに。

「あれ、舞雷ちゃんまた来たんだ。もう竹中いねーよ」
「……お休みですか」
「…知らねーの?」

顔だけは妙に印象深い名前も知らない男が声を掛けてきた。こいつは竹中先輩と同じクラスだというだけで友人ですらなかったけれど、私を妙に気に入っていた。だからこいつが言うのは全部嘘だ。私の気を引く嘘だ。

「もう二度と会えねぇよ。アイツ死ぬんだから」

プツン。
何が悪いんだ、何が。ケラケラと下卑た顔であの人を嗤うこの屑を、女の私がぶん殴ってもこちらが正義だ!

「………え?」

この男を張り倒した後で逆襲されるのは覚悟の上だった。容赦なんてせずに精一杯の力を籠めて拳を作って振り上げたのだ。だから、この間抜けな声はこの男か、精々近くにいたクラスメイトの先輩である筈だった。なのにこの声の主は私。拳はちょっと腰を離れたところで佇んでいる。でも男は張り倒されて埃と一緒に床に寝ていた。

「なッ、てめっ、石田ァ!いきなり、てめぇ!!」
「ほざく前に立てクズがぁ…薄汚れた血反吐を吐いて骨が粉々になる迄そのツラを殴打してやる…!」
「あ゛ァ?!ほざいてんのはテメェの方だろ、舞雷ちゃんの前でンな醜く吼えてていいのかよ?アァ?好きな女の前でみっともねぇよな?だから俺は何もしねぇよ?無抵抗な相手を殴るのかよ、石田!」

日頃、竹中先輩を慕っていたのは私ばかりではなかった。この下卑た男を私の代わりに殴り倒してくれた石田先輩も同じだった。つまり私は竹中先輩を、石田先輩と同じように“尊敬”していた。そう言う意味で大好きだった。

男の妙な挑発を受けて石田先輩は突っ立っていた私を一瞥した。
……嗚呼、なんで竹中先輩の名誉の為に起きたケンカを、この男は私の取り合いに移行しようとしているんだ。阿呆みたいだ。阿呆らしくて悲しいくらいだ。石田先輩だって同じだった。だから一瞥はくれたものの、すぐに無抵抗を装う男に殴りかかって、言葉通りにツラを粉砕しにかかった。

「ゲッ、ガっ、ア゛!」

これは猛烈に恐ろしい光景だったけれど、私は石田先輩を恐れたりしない。私だって彼並みに力があれば同じようになっただろうし、私は、私は――、

「石田先輩、私、まっすぐな貴方が好きです。竹中先輩への好きと違って」
「……ああ、私も、まっすぐなお前が愛おしい」
「お、まえらっ…狂っ・ガ!」

石田先輩のほっぺに散った男の血が妙に綺麗に思えた。


純粋ぶった歪な愛を