「申し訳ござらん、三成殿にお会いしたいのだが何処へ行けばよろしいか」
「ああ、真田様。三成様なら私室にいらっしゃると思います。私がご案内差し上げますね」
「かたじけなし!」

近日同盟を組んだばかりの武田軍の大将、真田幸村に問われた私は、行き先を変えて三成様の私室へ彼を案内することにした。というのも、口頭の説明だけで広い大阪城に放置するには、相手の身分も考慮して、あり得ない。せっかく同盟してくれた軍の大将を相手に、私が粗相をしでかすなど論外だった。

「ここが三成様の私室です」
「おお、助かり申した!三成殿失礼致す!!」

部屋の前まで案内すると、真田様は部屋の主の答えも待たずに戸を開け放った。おかげで執務中だった三成様は、筆やら書やらを散らかして臨戦態勢をとった。既に半分以上抜かれた刀身が鈍い輝きを放っていて背筋が凍る。

「真田……何用だ…?」
「…?いや、今後の手筈を聞いておくべきと佐助に言われ…」
「後にしろ」
「……判り申した」

真田様からさっきまでの勢いが消えた。というのも、三成様が刀に手をかけているからではない。彼も相当な手腕の武将なのだから、私と違って背筋に走る寒気さえ感じなかった事だろう。
勢いを殺したうえで不思議そうに首を傾げた理由は、確かに会話しているのは己であるのに、三成様が憎々しげに見つめていたのが私だったからだ。自分を通り越し、僅か数歩後方にいた私から一瞬たりとて目を離さない三成様の仕草は、彼にとっても私にとっても…不可解だ。

疑問を残しつつも真田様はそろそろと去って行く。
私は急遽自分に向けられた、身に覚えのない憤怒を思う。どう考えても怒りに触れた理由が判らなかった。

「っ!」

強い視線に射止められていた私は、瞬きをする程度の刹那の後、室内に引きずりこまれる。刀身を見せていた刀は全身を鞘の中に収めてはいたけれど、変わらず三成様の手の中にあった。

「舞雷…真田と何をしていた?」
「……なに…を…?」

腹の底から低い声を出して三成様が問うてくる。

「…三成様の居所を聞かれ、お部屋に案内・」
「本当にそれだけか?」
「………どういう……?」
「私の目の届かぬ所で不逞を働いてなどいないな…?」
「ま、まさか…っ、真田様は私の名前すら知らな・」
「名を知らずとも体を知ることは出来るだろう」
「……、私…そんなこと…!」

何を勘違いしたのか、三成様は本気で私を疑っていた。
畳上に散らばっていた書か何かを踏みつけて転びそうになりながら私は後ずさり、やがて箪笥と壁に逃げ場を塞がれる。怖くて縮こまっていた背を壁に倣ってまっすぐに伸ばしている私へ三成様は容赦なく距離を詰め、更に逃げ場を埋めてしまう。

「何も…ないです、三成様……っ」
「…………」

念入りに私の首筋や着物の乱れを点検されて、胸の奥から悲しみが滲んできた。これが疑われたことへの悲しみなのか、単に怖いからなのか。分別するのは実に難しい。
どうしていいか判らなくなって、沸き起こってくる水分を体内にとどめておくことが出来なくなった。

「っ!!」

ぽろぽろ涙を流すと三成様はぎょっとして刀を落とす。

「舞雷…っ?」
「本っ当にっ、何もっ、」
「そうだな、お前を疑うなどどうかしていたんだ、赦せ」
「わたしっ、みつ、三成様っ」
「っ、私が悪かったと言っているだろう!」

嗚咽でろくに喋れずひぐひぐ言っている私を前に、三成様は怒りを消して代わりに焦った。ただ泣くばかりの私の機嫌をとろうと、自棄になって叫びながら頭をぐりぐり撫でて来る。

ぐしゃぐしゃに掻き混ぜられて髪が踊り狂う。泣き顔に、ぼさぼさ頭。さぞ今の自分の容姿は酷いものだろう。けれどどちらもこの人の所為なんだからと私はこっそり考えて、涙で濡れたままの手を三成様の背に回した。


嫉らずにいてね