太閤の命とあって流れるようにそれは進んだ。私が横から「嫌だ」と拒否しても小鳥の囀り程度である。そこかしこで女中が走り回り、それの準備を押し進め、ようやく肝心の夫を捕まえてもばつが悪そうに唸るだけ。 「しかたあるまい」 「もうその言葉は十回以上聞きました。貴方が嫌だと言ってくだされば、ことは変わったでしょうね」 「私は嫌だと秀吉様や半兵衛様にしかと伝えた。その上でこうなった」 「……私は、嫌です。三成様」 「判っている…判っているから、表だってがなりたてるのはもう止めろ。周りから見れば見苦しい」 「嫉妬深いことの何がいけないと言うのですか!」 「判った、判ったと言っている…いいから黙れ」 「口を閉ざすなど無理というもの!貴方に…貴方に、側室なんて!」 そう、それというのは実に醜悪な事態。太閤きっての望みとかで、三成様に側室が迎えられることになったのだ。 しかも今日は既に輿入れの日である。私はずっと嫌だと喚き、三成様はそれをかわし、遂に手遅れになってしまった。かといって諦められる程に私の嫉妬は生易しくなどない。未だ顔も見ぬ女を呪い殺せる程に憎悪が渦巻いているのが判る。胸が詰まって自分が死にそうだ。 三成様は心苦しそうな顔をして、がなりたてるのを止められない私を部屋へ押し込んだ。己の吐き出す嫉妬が醜いものだということなど、本当は嫌という程判っているつもりだ。けれど黙っていられない。黙ってなどいられる筈がない。 「本当はその女のことを気に入っているのでは?」 「何だと…?」 「だから、私が喚くのも気に留めず、ここまで話が進んだのでしょう」 「舞雷、いくらお前とて聞き流せんことはある。一度訂正させてやる、もう一度言ってみろ」 「三成様が、その女を気に入っ…」 「心底呆れるものだな。くだらん憶測で私を責めた挙句、私が赦してやると言っても訂正するつもりもないのか」 「立場が逆なら貴方はこうしますもの」 「……はぁ…」 自分の吐き出す言葉が馬鹿馬鹿しいのは判っているのだ。 三成様は呆れかえった様子で溜息をひとつ零し、頭を押さえながら私の肩を掴む。涙ぐんだ瞳で熱心に同意してくれることを待つ私の唇に軽い接吻。私が両腕で彼にしがみつき。彼は角度を変えて口内に舌を。互いに貪り食らうが如く身を捩り。着衣は乱れ。 「っふ……」 離れゆく唇と唇に銀色の糸が伸びて消ゆ。 「私はお前しか見ていない」 「………」 「私はお前しか愛さない。お前の肌にしかふれない。お前の唇にしか口づけない」 「………」 「いくら初夜でも私が入るのは舞雷の閨だ」 「………」 「それでもいいと秀吉様が言ったのだ」 そう、くだらない疑念など阿呆にも程がある屑のような杞憂。三成様を前にして、一度は与えられていたこれらの言葉を反故にされることなどある筈がない。 まったく目が覚めたような感覚に陥った。しかし同時に沸き上がるものがあるのも事実だ。女というのはかくも醜く嫉妬に染まる。私とその女がこれからを安寧に過ごすことなど出来る筈がないのだから。 「…三成様、舞雷めが間違っておりました。貴方を疑うなど愚考の極み…」 「…判ればいい」 「しかし、」 「……まだあるのか」 「もうひとつ約束してくださいませ」 我が元に夫の不変の愛があると確信出来るのならば。 「新たに迎え入れる女に気を赦さないと誓ってください。敵国の間者と思って常に警戒していて欲しい。いくら弱い女でもです。いくら貴方を愛していてもです」 「……それを誓えばお前は安堵できるのか?」 「ええ」 強く答えれば、三成様はまた感情の正体掴めぬ溜息をひとつ零して、私の首筋に赤い痕を刻んだ。私の愚かな安寧の為の策を赦して。
望むものは多すぎる
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