「あの凶王の妻という立場は、貴女にとって如何なものか」

名は勿論のこと顔も知らぬ一兵卒が、廊下の隅で私を捕まえてこう問うた。この問いに含まれる男の意図を掴みかね、何も答えず男を眺めど、つらの皮に色はない。男はただただ真剣に、私の返答を待つのだった。

「…そなたがそのような質問を私に投げた理由を先に。ただの興味ならいざしらず、御方への侮辱であるならそれを赦せぬ」
「私は貴女がお辛かろうと常々思うのです。あの方は復讐に盲執しておられる故」
「……この私が、御方に手酷くされているとでも…?」
「そうは申しますまい」
「………」

男の目はまっすぐであった。それだけが確かに理解できることのひとつであり、結局深い心理の程は塵ほども判らない。男は私への純粋な気づかいで口にしているのだろうか、それとも私を言いくるめ、御方から引き剥がそうと?
元々聡明でない私がいくら考えあぐねたとて良い結論など見出せる筈もないが、暫く悩み、何も云わず双眸を向けるだけの男へ言葉を投げる。

「御方は私の総て。それだけが答だ」
「……さようにございますか」

はじめて男は目を伏せると、一礼して私の前から姿を消した。人気のない廊下の隅で私はまた考えた。しかし男の意図の正体は片鱗も見出せぬ。

「舞雷、舞雷は何処だ!」
「御方、」
「このような場所で何をしている」
「……いえ、何も」
「………」
「本当に、何もありませぬ」

以前にはなかった疑念の視線を心苦しく思うのは、御方を己の総てと思うを隔てるものではない。

「…私を裏切るような行為あらば…」
「その時は、一閃にてお斬り捨てください」
「……舞雷、戻るぞ」
「はい…」

我が心になんの変異があろうか。


生も注ぐ、其に