『其処に棲むモノ』
松田孝男:
「ええ、そうです。でも私と管理人さんの知識は大体同じくらいだと思うので、記事の事で聞きたい事があれば何でも力になりますよ!」
だが松田さんは何も感じ無かったようで、準備の合間に汗を拭いながら爽やかな笑顔でそう言ってみせる。
樹木夜秋:
「ええ、有難う御座います。今日だけでもうとても貴重な体験でしたし、明日が楽しみです」
その後、彼女の話は取り留めの無いものに変わり、好感の持てるような雰囲気で松田に語りかけ、彼も彼女の手伝いが有難いらしく、2人は談笑しながら作業を続けた。
樹木が管理人に拘るのは、その管理人にも記事の為の話を聞きたいからだと思ったようだ。だが…俺にはとてもそうは思え無かった。譬えそうであったとしても、何かしら別の意図がある筈だと…。
──すると、松田さんが作業のため此方に背を向けたその瞬間、丸で俺の考えを読んだかのように樹木が振り返り、嗤った──。
竹澤:
「っ…?!」
好感の持てるような笑顔なのに、不意打ちで背中に氷水を流し込まれたように、ぞっとした。けれど、それと同時に、全く別の感情も確かに沸き上がって来ていた…。
矢原美樹:
「た〜けざわっ」
竹澤:
「!」
急に声を掛けられ、びくっとして振り向くと、美樹がきょとんとした顔で立っている。
矢原美樹:
「…? どしたのぉ?」
竹澤:
「ううん、何でも無い。ボーっとしてて急に声掛けられたから驚いて」
俺が曖昧に笑ってそう繕うと、それを素直に信じた美樹は笑顔を見せた。
矢原美樹:
「そっかぁ。あはは、可愛い。ねえ〜、あっちにデカイ蜘蛛がいたの〜! もう絶叫上げる寸前っ! 伸照頼りになんないから君島さんにお願いして取って貰っちゃったよ!」
竹澤:
「はは、美樹はほんっと虫ダメだよね」
矢原美樹:
「もぉ〜有り得ないよ…。アウトドアは楽しいけどさ、虫は無理っ」
そんな取り留めの無い会話をしながらふとテントサイトの正面の柵前を見ると、その柵に手を付き、軽く尻を乗せた状態の未羽さんと、その斜め前に立つ伸照さんとお互い煙草を吸いながら談笑していた。
その様子は──。
竹澤:
(…未羽さん…)
気付いては居た。気付かないようにしていた。きっと未羽さんは、伸照さんの事が…。
矢原美樹:
「あ〜…あの2人? 良い感じだよね〜。大学生同士、オトナの語り合いってか? だからお邪魔虫の私は竹澤と仲良くしようと思って!」
俺がそちらばかり見ているからか、美樹が俺の隣に腰を下ろし、態と嫌味っぽくそう言ってみせる。ちょっと剥(むく)れながら言うところが可愛い。
竹澤:
「ふふ、でもお似合いだよね。伸照さん格好いいし」
俺は秘めた想いを隠し、そう言ってみせる。でもこれは本音でもあるんだ。伸照さんは、華奢で小柄な俺と違ってちゃんとした“男”で頼りがいがあるし、何より性格も良いし、容姿も、凄く可愛い未羽さんと十分釣り合っていると言える。
矢原美樹:
「げぇ〜! アレの何処が?! 竹澤、眼科行きな! 未羽さんとまっっったく釣り合って無いからっ!」
竹澤:
「何でそういう事を。それに伸照さんだけじゃなく、美樹だって凄く可愛いじゃない。天真爛漫で、いつも見ていて可愛いなって思うよ」
俺は普通に笑いながら言ったのだが、
矢原美樹:
「…竹澤は偶にさ、気障(キザ)なコト言うよね〜…」
美樹は驚いた顔をして、俺を見詰めながらそう言う。
竹澤:
「そうかな? …気分、悪くした?」
矢原美樹:
「…ん〜ん。ただ、ちょっと照れる……」
竹澤:
「ははっ、矢っ張り可愛い」
俺は、頬を紅潮させて項をさする素直で無邪気な美樹が微笑ましくて、また笑った。
そんな風に過ごしていたら夕食の準備が整ったらしく、松田さんの声が掛かった。
夕食も昼食に同じく、結構な物であった。俺と美樹を除く5人は成人なので、夕食の時は微酔い程度に少しのお酒も入り、場は和んだ。樹木に限っては酒を断り、ソフトドリンクを飲んでいたが。
アウトドアという事で、設置されたライトを使わず、キャンプファイアも兼ねて焚き火での明かりの確保だったので、食事もいつもより美味しく感じられた。
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