黒の少女シリーズ | ナノ


『其処に棲むモノ』





竹澤:
(そう言えば──)

 ふと思い出し、辺りを見回すと樹木は丸太に腰掛け、時々ニヤつきながら真顔でメモを弄っていた。加筆したり見直したりしているようだ。

 矢張り記者という事で、此処には良い記事を書くという仕事目的で訪れているのだろうし、俺達と同じ様にのんびりという訳にはいかないのか。

 彼女はトレッキングの時も、吊橋で景色を一度撮影すると、ひょいひょいと橋を渡り切り、その先で頻りに辺りを見回していた。俺達からちょっと離れたりして、木々の先の方を覗いてみたり…。何かを探していたのだろうか。だとしたら、彼女は何を探していたのだろう。

竹澤:
「……」

 そうして考え込みながら何気なく見詰めていると、彼女がふと顔を上げ、目が合った。その瞬間、何故かギクリとしたが、樹木は一度、その真っ白な顔に取って付けた様な笑みを浮かべてくれた。

 俺の好きな人は未羽さんであるのに、その妖艶にも見える企むような笑顔に、不覚にもドキッとしてしまう。

 …参ったな、俺は彼女の事が気になり出している。


松田孝男:
「では昼食の時と同様に、食事の準備を致しますのでそれまでは休憩時間として下さい。準備が出来たら呼びますので、キャンプ場からは離れ過ぎないようにして下さいね」

 松田さんが汗を拭いながら清々しい笑顔でそう言い、忙しく準備を始める。流石、山男。パワフルだな、と思った。


樹木夜秋:
「私も手伝います。じっとしてられない性分でして、はは」

 自由時間、まだまだ体力が有り余っているらしい彼女は、メモの確認が終わったのか唐突に立ち上がると、矢張り松田さんに接近して手伝いをしながら取材をする様子である。

 夏という事もあって皆汗だくになりながら、時には息を荒げていたりしていたのに、この記者だけは依然として少しも息が上がらず、汗すらかいていなかったようだ。

 そういえば、松田さんはガッシリとした男性なので調理器具を運ぶなど準備をしている際、簡単に運んでいるように見えたが、ああいうのは恐らく結構重い筈だ。樹木はそれをひょいひょいと手伝ってしまっている。筋力もあるのか。

 何と無く気になった俺は、松田さん達が行き来している所から近い東屋に何気なさを装い腰掛け、聞き耳をたてた。

樹木夜秋:
「そういえば吊橋の先に建物がありましたよね? あれが管理棟でしょうか? 猟銃も彼方に?」

松田孝男:
「ああ、ええ。そうです。ちょっと古臭いんですけどね」

樹木夜秋:
「ふむふむ…。ところで──このツアーは毎年何回かは必ず開かれているようですが、当然、管理人さんにも許可をとっておられるのでしょう。いつもはこのツアーに参加されているのですか? それとも今回はご不在で?」

松田孝男:
「ええ…いつもは参加して食事の準備なども手伝ってくれるのですが…。今回はどうしても抜けられない予定が入ってしまったみたいで…」

 松田さんはバツが悪そうにそう言って、頭を掻いた。

 彼は鈍感なのか気付いているのか怪訝そうな様子は見せなかったが、俺は内心訝っていた。何故、彼女はそんなに管理棟や管理人に拘るのだろう。それが記事と何か関係あるのだろうか。

樹木夜秋:
「成る程。という事は──2泊3日とも、管理人さんはこの嵬山にはいらっしゃらないという事ですね?」

 その言葉を放った時、何かどす黒いものが感じられた気がした。その嫌味の無い好意的な笑みが、黒い。思わず体が強張る。


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