黒の少女シリーズ | ナノ


『恋哀狂想』



「それ以外は何もなかったんだね? 変なことを聞くようだけど、殺害予告のような血文字が見えたりとか、血塗れの子供が出て来る悪夢を見たりとかは」
「……ンな分かりやしぃホラーはねえよ。踏切の幻聴だけだ」
「君以外も……?」
「少なくともそんなん言ってんの聞いたことねえ」

 黎果は悪夢を見ており、予告のような血文字も見ているが、亡くなった四人も玉中もそんなことはないらしい。この違いが示すのは、なんだろうか。
 彼らと黎果の違いと言えば、軌鹿市にいるかいないかくらいだろうか。だが、それが重要なこととも思えない。もし軌鹿市にいる人間にしか手が出せないなどの制約があるなら、もしかしたら今黎果がここにいるように呼び出したと言えそうだが、黎果が峰津市にある羅幕学院で襲われていることからその線はない。
 まさか、黎果には特別強い怨憎を持っているなどではなかろうか。嫌な考えばかりが浮かんでしまう。

(……ちょっと待って。何か……なんだろう……)

 昨日と同じ、引っ掛かる感覚。
 黎果はその正体を掴もうと思案する。今そう感じたのなら、今までの何かが気になったからであろう。一体、何に反応したか。

「あと、そうだな……世星優季は、生前に車両とか好きだったりした?」

 黎果が思案している中、対応する針乘は意図が分からない質問をする。

「はぁ? 確か……そうだな……好きだった、と思う……。そういや電車の玩具とか一杯持ってて羨ましかったような……。けど、うろ覚えだから分かんねえぞ」
「ふぅん」

 針乘は自分が質問したくせに、まるで興味がないかのような反応を見せた。微かにひくつく玉中の眉が苛立ちを表しているも、気付いていないというより気にしていない。
 暫しの沈黙が場を支配した。

「なぁ、話したぞっ! どうすりゃ俺は助かるんだ!? 意味のある質問なんだろ? 今ので何が分かった!?」

 考える時間を与えないつもりなのか、黎果と同じく思案している様子の針乘に玉中が噛み付いた。
 如何にも不良の風体に目付きが恐ろしいので、黎果なら怯えるくらいだったが、人差し指を唇の下に当てたぶりっ子ポーズの針乘はきょとんとした顔を向ける。そしてあっけらかんと、当たり前かのように言い放った。

「今ので分かったこと? 犯人は生きてる人間ってことくらいかな?」

 放たれた言葉に、玉中と黎果は硬直する。何を言っているのか分からないと言うより、何を言っているんだという似て非なる心情だった。

「何言ってんだお前……頭湧いてんのか!? これが人間の訳ねえだろっ! 優季の霊か何かなんだろっ!? でなきゃ有り得ねえことが起きてんだろが……!」
「頭が足りない上に何も知らないくせに煩いよ。僕は世星優季が関わってないなんて一言も言ってないんだけど?」

 顰蹙気味に目を細めた針乘は、ドヤ顔で食指を突き付け眉を顰める。

「世星優季の霊は確かにいるんだろうね。けど君や黎果を呪っているのは、意志を持った生きた人間だ。……その裏に更に干渉してる黒幕がいるんだけど、それは今はいいとする」

 最後に言った黒幕というのは、黎果も前に聞いた“収集家”とやらのことだろう。保健室での天照騒ぎの人か。

「なんだよそれ……。誰かが、優季の霊と組んで殺そうとしてるってのか……? そんなん有り得んのかよ……」
「君だって最初にそんなこと言って黎果に掴み掛かったじゃん」

 的確な突っ込みを受け歯噛みする玉中を尻目に、黎果は小さく声を上げた。
 思案していた引っ掛かるものの正体。玉中の“殺そうとしてる”という言葉を聞いて、閃いたのだ。
 黎果が教室で見た血文字。そして先ほど廃車両で見た血文字。それは、どちらも“殺される”と書いてあった。更に、黎果は気付かずして針乘が質問していた時の殺害予告という台詞に違和感があったのだ。
 相手を殺める気がある時、どのように書くだろう。例えば玉中の話に聞いた長田は、もう一度殺してやると刃物などを用意していたという。そう、“殺してやる”だ。
 対して黎果の見た血文字には、“殺される”。これは襲う側と言うより、襲われる側の言葉ではなかろうか。それか、そのどちらでもない殺害を懸念した側の警告とも言える。
 もしも、仮にだ。あの血文字が優季からの警告だとしたら。優季の霊の仕業と思わせ、針乘のような科学じゃ説明がつかない能力を持った何者かが黎果たちを狙っているとしたら。
 黎果はそこに思い至り、彼女が何か分かったらしいと察した針乘は玉中に更なる追い討ちを掛けた。

「ところで、これが一番聞きたかったんだけど。君たちと黎果は、同じ幼稚園にいたんだよね? 君は学年違いだから黎果より先に小学校に上がったんだろうけど……」

 それは、黎果たちの共通点について。黎果は自己完結してしまったため、終わった段階かと思っていたが、針乘は次のように指摘した。

「君は、世星優季と同級でしょ?」
「……それがなんだよ?」

 明らかに顔が強張っていたが、玉中は平静を装って返す。

「黎果に掴み掛かった時、仲いいんだろみたいなこと言ってたよね? 黎果のお父さんの話だと、君らはみんな黎果の友達だって言ってたんだけどな。君だけ彼女と仲よくなかったの? 同級なのに?」
「……俺らは五人グループだよ。仲よかったのは、一浄と優季。けど、たまに二人と絡むことがあったってだけだ。だから一浄の親父さんも友達って言ったんだろ」

 責めるように質問する針乘を、睨むこともせずに視線を下に落とし淡々と答える玉中。
 針乘は玉中が何か隠しているかも知れないと言っていた。今、それを探っているのだろう。

「ふーん。で、世星優季の事故の時も五人グループで黎果たちに絡んでたの?」
「ッ……!!」

 玉中がびくりと震えた。驚愕に近い表情。固く拳を握り締め、決して目を合わせないように地を睨み続けている。

「分かり易い反応だね。君は何を知ってる? 何故、隠す?」
「知らねえ……」
「命懸かってんだよ。分かってんの?」

 玉中は突如、針乘を突き飛ばした。流石の針乘も突然の不意打ちに、派手に倒れ込む。ズザッと痛そうな音が黎果の鼓膜に響いた。

「知らねっつってんだろうがあああっ!! あぁッ!?」

 咆哮に近い怒鳴り声。威嚇と言うより、虚勢に見えた。まるで、何かに焦っているよう。

「黒雫さんっ……!」

 たまたま歩いていた通行人が何ごとかと振り返る中、黎果は駆け寄って針乘を助け起こした。

「っ…………。君さっ……生き残っても人生潰すよ? 黒雫グループ舐めんな」

 擦り傷と打ち付けた箇所を庇うように起き上がった針乘は、リアルに恐ろしいことを宣う。

「うっせえ! どっち道、死ぬんだろ!? 俺らが事故の時にどうしてたか分かったからってどうだってんだ! ンなこと言ってる暇あったら助かる方法の一つでも考えろよ……!」
「君があの子をっ……!!」

 突き飛ばされたばかりにも関わらず、真っ向から立ち向かおうとした針乘の言葉は途中で止まった。
 黎果も一瞬その意味が分からなかったが、直ぐに気付き血の気が引いた。
 近くに見当たらないにも関わらず、カンカンカン……と踏切の警報機の音が聞こえる。

「く、黒雫さんっ……」

 震えながらきつく針乘の手を握る黎果とは対照的に、針乘は冷静に呟いた。

「……来たな」

 そして、真顔で黎果を抱き寄せる。言葉通りだ。何があっても離さないと、この手に守るとでも言うように。
 直後、ぐにゃりと視界が歪んだ。

「待て……嫌だ! おい、なんとかしろっ……!!」

 掴み掛かろうとした玉中を黎果を抱えたままひらりと避け、針乘は言う。

「真実の時間だ」



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