黒の少女シリーズ | ナノ


『恋哀狂想』



「おっぱろぉーん!」

 羅幕(らまく)学院の校門前。黎果の目の前に奇異な挨拶をする奇妙な生き物がいた。阿呆にバカを重ねて軽忽をトッピングした、哀れで憐れな人物である。
 朝一番に学校に登校した黎果は今、黎果より少し遅れて到着した生徒会役員たちと共に朝の挨拶運動をしていた。
 凛とした立ち姿に、きりっとした挨拶。大きな声を出しているが張り上げただけの不快なものではなく、よく通る澄んだ声音。ただ挨拶運動をしているだけであるのに、その姿は妙に格好よく見えた。無表情で凛々しい顔立ちが美人と言えるものであることも関係しているであろう。
 今目の前にいる人物が、一瞬にしてそれを台なしにしてしまったのだが。

「あれあれぇ? 僕には挨拶してくれないんですかぁ? 実質的な生徒会長ぉー」

 見てくれだけはショートヘアが妙に似合う可愛らしい少女であるそいつは、そう言って黎果の顔を覗き込んでいる。

「……黒雫さん、お早うございます」

 絶対零度の視線を向けながら思わず静止してしまった黎果は、溜め息混じりに挨拶を返した。
 毎度のことながら、少女の逸脱した格好には驚かされる。
 先ず、少女はワイシャツを着ていない。着ているのは、金ボタンの付いたシャドーストライプ柄のパーカーだ。フードを被っているが、フードに分厚い猫耳が付いており、正直バカっぽい。そして下にはスカートではなく、男子制服のパンツ。そのパンツを留めているベルトも白色の派手なもので、両耳たぶにはダイヤカットのピアス。一見して、不良と言えた。
 と言うより、どうやら頭の中が常にイベント状態らしい。世界の平和のためにも精神科に連れて行った方がいいような気がする。

「あらん、僕のことは愛を込めて“はりのん”って呼んでって言ったじゃん黎たん!」
「遠慮しておきます」

 片足を上げ、両手を曲げてWの形にしたふざけた仕草で上目遣いに言ってくる少女を無表情にあしらう黎果。
 この奇怪な未確認生命体にも名前が付けられており、黒雫針乘(くろだ はりの)といった。
 あしらわれた針乘は別段気にした様子もなく、目を細めチェシャ猫のような嫌な笑みを形作る。

「なんだかいつも僕に冷たいけどつれないけど、これが一時期流行ったツンデレというやつだとは分かっているけどもう少し僕に対して素直に接して欲しいというか、もっともっと愛情を向けて貰っても構わないんだよ?」

 これだけ聞くと頭がおかしい人と思われるだろうが、全く以て正解だ。この少女は頭がおかしい、可哀想な奴だった。普通にストーカー臭がする。

「黒雫さん、昼休みに生徒会室まで来て下さい」

 針乘のナルシ発言というか勘違い発言というか、本気で言っているのか冗談で言っているのか分からない吐き散らしを一々相手にしていたら晩年を迎えそうなので、全て無視して表情もなく告げる。針乘と同じ気にしない部類でもなければ、黎果だからこそ出来る芸当かも知れない。

「あれ無視されたような? 僕のプリチィなフェイスに加え折角萌える格好もしていて、漫画やアニメ化してれば破壊力抜群なのに悲しいわん……。絶対にギャルゲーの結婚候補(ヒロイン)タイプなのになぁ」
「貴女は一度、現実と妄想の区別をつけましょう」
「照れているのねん。分かった、触れないでおいてあげましょおー! てか生徒会室ってなんで?」

 小首を傾げて可愛らしく――しているつもりが、頭をカクッと傾けたホラーな図になってしまっている針乘の問いに、黎果は答える。

「反省文の提出をお願いします」
「えぇえええ!? そんな漫画みたいなぁああ!? この学校にそんな規則あったっけ!?」
「ありません」
「ねえのかよ!!」

 黎果は相変わらず無表情を保ったまま、針乘の渾身の突っ込みもものともせず、こともなげに言い放つ。

「貴女だけです」
「……ほぇ?」
「貴女だけ、“特別に”反省文の提出をお願いします。それこそ原稿用紙二十枚ほど」
「…………え、なんて言ったの? 特別とか素敵な響きの言葉なのに不穏な空気が漂って聞こえるけど、もしかして他の生徒にはなくて僕にだけあるのカナ? しかも膨大な量? わぁー、すっごい嬉しくない!」
「嬉しくなくて結構です。罰ですから。昼休みが終わるまでに提出すること。提出が出来なければ、そうですね……毎日遅刻、いえ欠席ということにしましょうか?」
「ストップ、ストップ!! それ単位、全部落とすから!! てか行き過ぎなような!? ちょっと酷くないかい!?」
「安心して下さい、貴女の格好に勝る行き過ぎなどこの世には存在しません」
「この世とまで言っちゃった!? 世界規模!? 日本だけじゃなくて!?」

 突っ込みしか脳のないつまらない針乘とこのまま無駄に話していたら文字数が幾ら増えるか分からないため、黎果はそろそろ締め括ることにした。

「ん? 上のところでメタ発言してない?」
「兎に角、反省文はちゃんと提出して下さいね。異装に私服にピアスに髪染め。他にも多くの校則違反を犯しています。これ以上、野放しにすることは出来ません。他の方は何も言わなくとも、私は見逃しませんよ。反省文が無理なら今言った校則違反を全て正すことです」
「んなバカな!? ……あらん、でもそれは僕を見捨てないでくれているって受け取れるわねん? アタシも愛しているわよぉん、嬉しいワ」

 凛々しい表情でビシッと人差し指を突き付けて指摘する黎果に、痛い僕っ娘は頬を染めて眉を下げ、くねくねと体を気味悪くくねらせながら上目遣いに黎果を見上げる。ホラーだった。

「……校則に、嫌悪感を与える言葉遣いや仕草をしてはならない、を追加出来るか生徒会で議論してみます」
「嫌悪感って言った!? てか偏見!?」
「ええ、貴女に対してだけの特別な偏見です」
「更に酷い!? 個人差別!? 何それ全然嬉しくない! てか偏見って言っちゃったよ!!」
「それより、もうチャイムが鳴りますが」

 ギャーギャーうるさい針乘に澄ました顔で言いながら、ガラガラと門を閉める黎果。いつの間にか、残っているのは針乘だけになっていたのだ。
 これ以降の登校は遅刻と見做され、学校が運営している時間は常に開放してある裏門から入って貰うのである。
 こんな調子で、それまでに正門を越えなければ遅刻となる時刻まで残って挨拶運動を実施する生徒会役員たちは、いつもギリギリで授業に間に合わせる。故に事前準備は怠らないのだ。挨拶運動を始める前に一時間目の授業の準備をしておかないと、忙しない思いをして準備したり、周りから遅れたりする。これも生徒たちが生徒会をやりたがらない理由の一つだ。

「やばばばばんっ!? 僕、平常点ヤバいんだよ遅刻はアリエェーンティ!!」
「有り得るならいいんじゃないでしょうか」
「違う!? 有り得ない! 有り得ないだから!!」

 単位が取れる条件は、テスト点数と平常点数というものがある。テストが赤点なら単位に響き、平常点というのは日頃の態度である。遅刻はないか、授業態度が悪くないか、常日頃の言葉遣いが悪くないか、提出物の期限を守っているか、などなど様々なことで平常点数は上がったり下がったりする。それが一定ラインまで下がれば当然ながら単位を落とす。針乘はそれら全てが絶望的であった。テストの点数以外は。片や黎果は、テスト点数から平常点から何もかも完璧である。

「そうですか。因みに貴女のクラスは“体育”ですよ。私は現国なので教室ですし、“時間の掛かる着替え”という作業も必要ありませんから間に合いますけど。そう言えば着替えをせずに行くと“平常点”が下がりますよね」
「嫌味!? なんか刺々しいよ、黎果ちゃん!? 何か悩みでもあるのん? 例えば、本当は好きなのに僕に対して素直になれなくて辛いとか」
「では失礼します」
「あっさりスルーされた!?」

 叫ぶ針乘を完全スルーしてスタスタと校舎に入って行く黎果。彼女が教室で席についたのと、針乘が体育館の一歩手前でずっこけたのと、始業のチャイムが鳴ったのは同時だった。

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