『贋物朋友』
悪霊VS人間
タンッ。
バフッ! 刹那、ふわりとした感触が二人を包んだ。二人は、特に竹澤は、空中で目を見開いて茫然とする。
その人物は何と自分から落下し、どう遣ったのか高速で落下する二人に追い付くと、その腕(かいな)に二人を捕まえたのだ。
そうして二人を片手で抱き抱えたまま、もう片方の手で、落下途中に在る塔から出っ張った石の彫刻である獅子を掴み、一度ぶら下がった状態になると、腕力そのままに軽く飛び上がってひらりと獅子の頭の上に片足を乗せた。
その片足を直ぐにまたトンッと蹴って飛躍し、ひらりと先程の巨大な時計の在る塔の天辺に近い空間に舞い降りる。
杏:
「ぁ……」
空中の腕の中でその人物を目視していた杏は、安堵からその顔をくしゃっと歪ませ、涙目で叫ぶように口にする。
杏:
「お姉ちゃんっ…!!」?:
「待たせたね──可愛い道化師達」
明らかに人では無い人外の能力を見せた少女は、そんな事を言いながら澄ました笑顔を見せる。
空中でその顔を見、声を聞きながら茫然と何も言えなかった竹澤は、少女が石の床に着地し、二人をそっと下ろした後、
竹澤:
「えっ……漆夜…?」
未だ杏の手を握ったままやっと一言そう云った。
華奢で小柄な少女は腕を曲げ、手を天秤のようにさせたお手上げの時に遣るような変なポーズで、歪んだ嗤い顔を見せる。
?:
「済まない。助けに来るのが遅れてしまったようだ。怖い思いをさせてしまったね」
そう云って、杏を抱き寄せる。杏は自分より背の低い少女にしがみつき、その胸に顔を埋めて泣き出した。
その頭を、それは愛おしそうに撫でながら、少女は竹澤を見遣る。
?:
「竹澤くん。私は君を協力者として共同収集を行いながら、実は今まで君を試していた。その事を詫びよう」
竹澤:
「いや…」
竹澤の声は小さく、はっきりしないもので、あまりの衝撃に少々ぼんやりしているようであった。
?:
「…しかし今、私は君を信用した。信用しよう。もう私の本名を教えても良かろう。父より賜うたこの素晴らしい名を心して聞き給え」
少女は尊大にそう要らない導入を加え、我が胸に顔を埋めるこれ以上は無い宝である杏の頭を抱き、言い放つ。
道玄:
「私は此処に居る紙風杏の実姉──
紙風道玄(かみかぜ どうげん)だ」
少し髪が靡き、自信過大に尊大に、悪質な笑みで言い放つ少女は、妙に格好が好かった。その証拠に、竹澤は目を輝かせて道玄と名乗る絶対的強者を見詰めている。
道玄:
「さて──」
態とらしいくらい穏和な笑顔の少女は、一度俯いて目を瞑ると、
道玄:
「私の大事な妹と弟子を散々嬲って呉れたようだねぇぇ、藤堂カヲリ…!」
不意にその穏やかな笑みを、歪み切った悍ましい嗤いに変え、振り返り見上げながらそう呟いた。
道玄の見上げた先──もう登る手段の無い塔の天辺、屋根の所に、制服姿の女学生が立っていた。
それは杏達三人が見たボロボロの姿では無く、肌が異様に真っ白で双眼が白濁なところ以外は生前のままの綺麗な姿だ。
髪や服を吹き荒れる風に翻すその顔は、無表情で恨みに満ちていた。
竹澤:
「っ……」
しかし女学生──藤堂カヲリを其方退けで、道玄の迫力には、こういった恐ろしい事態に慣れている竹澤ですら圧倒されていた。
竹澤:
(漆夜…否、道玄が……道化師の最高峰が、本気で切れてる…)
忿怒の形相を湛えた、悪辣な笑顔。幾ら悪霊と言えど藤堂の運命を考えると、ぞっとする。 ガラリと変動した状況に、疾風怒濤という言葉が浮かんで来た。
今まで彼が見て来たどんな恐ろしい怨霊や怪異より、目の前に立つ人間が発する鬼気が、気魄が、完全に勝っていた。威圧、畏怖、圧力。恐ろしきは人間、とは正に名言だと思った。
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