黒の少女シリーズ | ナノ


『贋物朋友』



簓:
「っ……。れ、いしぃ…!」

 起き上がり掛けの簓が、鼻血を垂らす鼻を震える手で押さえながら、涙目で竹澤を睨む。最早、先輩後輩の上下関係すら忘れ、竹澤の下の名前を憎々しげに呟きながら。

竹澤:
「簓ちゃん、ごめん」

 竹澤は彼女から奪ったカッターを刃を引っ込めてポケットに仕舞い、抱き起こした杏の前にしゃがんで両手を後ろに差し出した。

竹澤:
「乗って! 取り敢えず逃げよう!」

杏:
「え…」

 流石に一瞬戸惑った杏だが、簓が憎しみの視線を向けながら立ち上がり掛けてるのを見て思わずその華奢な背中にしがみついた。

 華奢で小柄でも男であるからと思っていたが、意外にも筋肉で引き締まった体を持つ竹澤は、同年代の杏を背に然ほど重くなさそうにひょいと立ち上がると、上方へと駆け出した。


 飛び飛びで上り、あっという間に時計盤近くの階段まで来た竹澤。

 それを見て、一人時計盤でおろおろしていた友紀は愕然とする。

友紀:
「えっ…竹澤先輩…?」

 先輩後輩、男子女子、校内他校問わず交遊関係が幅広い事で有名な竹澤は、簓とも友紀とも友達として付き合いがあった。

竹澤:
「友紀ちゃん時計の針! 針を五時三十三分に設定して! そうすればこの異空間は崩れる!」

 突然言われた友紀は戸惑うも、異空間が崩れるという言葉を聞いて咄嗟に時計盤の大きな針をセットする。


 すると視界が揺れ、空間がぐにゃりと歪み、次の瞬間にはもう其処は夜の校内だった。

 白昼夢に居たように呆然とする友紀は、慌てて携帯を取り出す。

友紀:
「そんな…あんなに長く感じたのに……」

 反応しなくなった携帯は元に戻り、表示されている時刻は三人がオマジナイを行った時間から僅か五、六分程度しか動いていなかった。

竹澤:
「友紀ちゃん達もあのオマジナイを、『友願』を遣ってたんでしょ? それで人形を壊しちゃったんでしょ? 恐らくその時点で既に友紀ちゃん達は藤堂カヲリの呪いに呑まれていたんだね…」

 聞き覚えの無い名前が出て来た。友紀や杏からしてみれば、解らない事だらけだ。

友紀:
「竹澤先輩…これ…どういう事ですか…? あの時計の針だって……」

竹澤:
「先ず、十七時──詰まり五時。五時三十三分は、友愛様…まあ、藤堂カヲリだね。彼女が死亡した時刻なんだ。俺、オマジナイを試す前に全部調べたからね。友愛様のイジメエピソードは噂によっちゃ飛躍してたり、間違ってたりするものもあるけど、彼女がイジメで死んじゃったのは実話だよ」

 背中の杏を下ろし、ポケットからティッシュを取り出して、杏の頸部の血をそっと吹いてあげながら言う。

 驚愕する二人の顔を交差に見遣り、竹澤は続けて語り出した。


 藤堂カヲリはイジメによって命を落とし、死後、オマジナイ、儀式という行為によって此岸と彼岸を繋ぎ、生前かなわなかった『友達』を求めるようになった。
 猶、“友達の証”である硝子の人形は儀式が終わるまで大事にしなければならない。儀式が終了後なら問題無いが、終えるまでに少しでも破損した場合は呪われてしまう。それは儀式中、友人の証を大事に出来なかった最低な人間と判断されるからであり、それは詰まり友達では無い。敵だと認識される。また、儀式を行う人間一組または一人で行わ無ければならないこのオマジナイを行った際、たとえ儀式自体を見られていなくとも、オマジナイを行う事を何も知らない人物だとしても、校内に誰かが存在していた場合も同様である。更にその場合、校内に存在していた人間は、オマジナイとは無関係の人間でも怪異に巻き込まれる。
 これにより呪われてしまった場合、彼女は特殊な状況下と願いを叶えてあげるという誘惑によって判断を鈍らせ、複数人なら殺し合いを、一人なら自殺をさせようとする。
 その際、校内が異空間と化し、対象となる人物を余計に惑わせる。ただでさえ冷静な判断を狂わされている時に惑わせるのは、『自分以外を殺せばこの空間も無くなり、元の世界へ帰れる上に願いも叶う』と思わせ、実は全員自滅させる事が目的だ。
 但し。現れる異空間は恐らく種々雑多であろうが、必ず“時計”が存在する。その針をオマジナイの核である友愛様こと藤堂の死亡時刻に合わせる事によって、異空間からの脱退が可能となる。勿論、取り込まれた人間全員。
 更に異空間が崩れる事によって、鈍っていた判断力も回復し、目が覚める──。


竹澤:
「だからきっと簓ちゃんも元に戻ってる筈だよ。さっき友紀ちゃん達もと言ったけど、実は俺も『友願』を試したんだ。ただ…矢っ張り今まで一人でこんなオマジナイを行った人は居なかったようだね。呪われた場合は複数だと殺し合いになっちゃうみたいだから一人で遣ってみたんだけど、俺の場合、悪霊となった藤堂が洗脳という形で俺を自殺に追い込もうとした。まあ、俺には効か無かったけど…。ただ、それで到着が遅れた」

 一通り話し終えた後、竹澤は

竹澤:
「…取り敢えず、簓ちゃんを探そう。多分、一階に居ると思うから。藤堂をどうにかしない限り、この呪いからは逃れられない。皆で固まった方が良い」

 と申し出た。

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