『贋物朋友』
救済者登場
簓:
「待てっ…!」
兎に角距離を稼ごうと、飛ばし飛ばしで速く走れる下りを選んだ。登山では下りの方が体に負担が掛かるが、階段もそうであろうか。
下りは速く走れるが、同時に追い掛けて来る簓も速く走れるという事になる。しかし体力は劣っても脚力なら杏の方が上だ。二人の距離は徐々に離れていった。
だが如何せん、先程暴れまくる簓から逃げ回っていた所為で、杏の体力は大分削られていた。息が切れ、肺がキリキリと痛む。
握り潰されているかのように痛む肺は悲鳴を上げていた。痛む脚を叱咤して動かす事はまだ可能でも、肺は限界だ。持ち前の脚力に、平凡な肺がついて行けない。遂に限界が来たその時。
杏:
「っ…?!」
疲労が祟ったか、足を踏み外した。
短い階段なら未だしも、こんな長すぎる階段を転がり落ちたら、本当にホラーサウンドノベルであるように手や脚があらぬ方向に折れ曲がってグシャグシャになるか、曲がりくねった階段故に転がって手摺りの無い内側から暗闇に落下するか、どちらかの運命である。
その一瞬の内に舞い降りた凄まじい恐怖に、杏の体のリミッターが一寸だけ解除された。
全身の筋力を最大限に、特に脚に力を入れ、体を回しながら後ろに倒す形で留まった。
留まるも、矢張りビタンッと腹這いに転んでしまう。その拍子に杏のポケットからあの御守りの魔鏡が転がるも、杏は気付かない。
目の前に、直ぐに見覚えのあるシューズが現れたからだ。顔を上げると、カッターを持った簓が笑っていた。
簓:
「…ははっ! 追〜い付〜いた…」
杏:
「ひっ…!」
杏は立ち上がろうと起き上がるも、焦り過ぎて滑ってしまう。反転はしたものの、尻餅をついてしまった。
簓はそんな杏の前面に素早く回り込み、馬乗りになる。
二人とも汗だくで、呼吸は荒く、かなり体力を削られてはいるものの、簓はただ首を薙げば良いだけに対し、杏は馬乗りになられてる状態で抵抗しなければならない。
簓:
「ざまあねぇな、杏!」
簓は杏の額に手の平を押し付けて髪を掻き上げるようにし、指を髪に絡ませてギリギリと頭を階段に押し付けて来る。
杏:
「くっ…。ざっ…けんなっ…! 何でっ! 何で私がっ! 死ぬのはあんただ! あんたが死ねば良いんだ! 簓ぁ!」
本性を現し罵倒する杏を、先程転がった魔鏡が映し出した。
簓:
「矢っ張り…それがお前の本性か!」
簓は怒りを顕わに笑っているおかしな表情で、煽るようにカチカチ…とゆっくりカッターの刃を伸ばす音を立て、その刃を杏の首に宛がう。
それで、杏の罵倒は助けを求める言葉に変わった。
杏:
「ぃっ…やっ……。助けて…お姉ちゃんっ…! お姉ちゃんっ…!!」
簓:
「…姉ちゃあん? んなもん、来ねぇよっ!!」
バゴッ!簓:
「がふっ…?!」
正に宛がわれたカッターナイフが杏の頸を切り裂くか突き刺すかの瀬戸際、何やら黒い細長い物体が階段上方から一直線に簓の顔面にぶち当たった。
それで簓が一度大きく痙攣した為、杏の頸が少し切れたが、単なる怪我程度で済んだ。
間髪入れずにタンッという壮快な音と共に杏の直ぐ隣に制服とシューズが舞い降り、それを纏う人間は簓の手をこじ開けて素早くカッターを奪うと、その腕力で、馬乗りになった彼女を杏の上から退けてしまった。
杏:
「…あ……」
息も絶え絶えに男子生徒を見上げる杏は、それが誰か認識した刹那、叫ぶようにその名を口にする。
杏:
「た、竹澤先輩…?!」
それはこの学校に通う、彼女に良くしてくれる先輩である少年・竹澤鴒詩(たけざわ れいし)だった。
竹澤:
「杏ちゃん! 良かった無事で…!」
竹澤は素早く先程簓の顔面にぶち当たって杏の上に落下した物体を拾い上げ、そう言った。
校内で同じオマジナイを試し、杏の危機を察して助けに来た竹澤が咄嗟に簓に投げ付けたのは、彼の愛用の護身用武器・スティック型スタンガンだった。
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