『贋物朋友』
夜の校舎
季節の風が吹く静かな夜。
頼り無い朧月(ろうげつ)さえ中途半端な雲によって隠され、静寂と冷然を配する空間は虚無を従え、キンとした耳鳴を錯覚する。
赫赫と焼けた鮮やかな茜色は丸で食品類が微生物に蝕まれるように落ちた蒼い闇に覆われ、電気を付ける事すら敵わない校内は暗闇の支配下にあった。
言ってしまえばただの夜の学び舎というだけなのだが、その日は、その時は、何処か重苦しい空気を伴っていた校舎の寂寞に耐え兼ねたのか、初友紀(はじめ ゆき)がゆっくりと口を開く。
友紀:
「ね…ほんとに“遣る”の…?」
簓:
「当然。此処まで来て何もせずに帰るとか、ないわ」
やや怖じ気付いたような友紀の言葉に、隣に居た小山簓(こやま ささら)がきっぱりとそう言った。
穏和そうな友紀とは対照的に、如何にも気の強そうな顔をしている。
杏:
「んぅ…?!」
決心している簓、やや緊張気味の友紀、そんな切迫した雰囲気の中、暢気にペロペロキャンディーをしゃぶっていた阿呆面の紙風杏(かみかぜ あんず)が、場に似つかわしく無い素っ頓狂な声を上げた。
簓:
「……何?」
簓が冷ややかな視線を注ぎ、同様に口調も冷ややかに一応訊ねる。
杏:
「こにょ飴…舐めるほ色は変わるひょ!」
棒を摘み、舌の上に色が変わり掛けたキャンディーが入ったまま口を開けて喋る杏。
この切迫した雰囲気に、空気が読めないというか、第六感が致命的なまでに働かないようだ。
高校生だが化粧などしていないにも関わらず、この三人の中だけとは言わずに折角男も女も認めるくらい可愛い顔をしているのに、この性格で全て台無しである。
簓:
「……」
簓の顔が、見る見る不機嫌そうになって行く。
友紀:
「ほ、ほら、早く行こうよ簓! ね?」
温和な友紀が見兼ねて簓を促し、取り敢えず事態は免れた。当の杏はというと、ニコニコしながら目をパチクリさせ、小首を傾げている。
最終下校時刻など疾うに過ぎ、夜に堕ちた時間帯、この三人がコソコソと何をしているのかと言うと、極めて単純な事であった。
此処は当然ながら三人の通う学校であり、この高校では最近になって或る“噂”が目立って来ていた。
その噂というのも、このくらいの年齢の子達に有り勝ちなもので、誰も居ない校内で或るオマジナイをすると願いが叶うというものである。
有り勝ちで在り来たりな、よくある下らない信憑性の無い眉唾物の風説風聞。
しかし実際に試した人達が、こういう願いをしてどう叶っただとか語り、様々な体験談が行き交っている為、中高生くらいの子達に淡い期待を抱かせるには十分過ぎる噂だ。
簓:
「もう校内には誰も居ないっしょ」
簓が軽く周囲をチェックして、若干勇ましい顔で言う。それに頷く真剣な顔をした友紀。ただ一人、杏だけは、さっき口を開けて阿呆面と共に見せていた、友紀が呉れた抹茶キャンディーに夢中だった。
*前へ | 次へ#(34/410)
目次|栞を挟む|関連作品