黒の少女シリーズ | ナノ


『魔夜』

第四章 暗転




 朝、ホームルーム前の教室は、いつものようにがやがやとした喧騒に溢れている。

 小夜子は教師が来るまでの間、静か過ぎるくらい静かに小説の続きを読んでいた。

 日曜も悪夢を視なかった為か、昨晩“大丈夫かい?”という内容の樹木からのメールが来ていた為か、頗る調子が良い。

 顔を上げると、柚胡は矢張り医学書に目を通しており、真弓と十花は──居ない。

 十花は単に風邪か何かなのか、情緒不安定で休んでしまったのか……。

 真面目な真弓が来ていないのはちょっと珍しかったが、彼女も普通に風邪か何かだろうか。



 軈てチャイムが鳴り、担任教師が教室に入って来ると、集まってお喋りをしていた生徒達がガタガタと席につき始める。

駿河柚胡:
「……」

 柚胡は小夜子の後ろなのだが、振り向くと無表情の中に少々怪訝の色を覗かせて、キョロキョロしていた。

久遠小夜子:
「どうしたの?」

 判っていたが、小夜子は一応聞いてみる。

駿河柚胡:
「……十花、来てないんだ。真弓も」

 その台詞を聞いて、矢っ張りな、と思った。

久遠小夜子:
「そうみたいだね。柚胡は何か連絡貰ってない? メールとか」

駿河柚胡:
「いや」

 それだけ言うと、柚胡は医学書をやや強めに抱いた。


教師:
「出席を取るぞ〜」

 そんな中、担任教師はいつものようにそう言うと、生徒の名前を呼び始めた。

 名を呼ばれた生徒がはいと返事をし、担任が表簿にチェックを入れる。毎朝、儀礼的に続く出欠確認。

担任:
「柏田は風邪で欠席な」

 真弓の順番が来た時、担任教師はそう言ってボールペンで書き込むと、また名前を呼び始める。

 担任が知っているという事は、学校に連絡があったのだろう。後でお見舞いメールでも送っておこう、と小夜子は思った。

 だが小夜子には気になる事があった。後ろの柚胡を見ると、彼女は怪訝をあらわにしている。

 十花は猪原だから真弓よりも早く名が呼ばれる筈なのだが、担任は十花の名前を飛ばして出席を取っていたのだ。

 誰も何も言わない中、柚胡だけはその事を抗議したそうな顔で前を睨んでいる。

 その険しい顔は、十花の名前が呼ばれなかった事に怒っているというよりも、名前を飛ばした事を訝っている、また、小夜子と同様に何かを懸念しているような表情だった。

担任:
「和田」

生徒A:
「はい」

 そして最後の名が呼ばれる。結局、十花の名が出される事は無かった。

担任:
「今日は皆さんに大事な話があります」

 そのままホームルームを始める担任。柚胡の険しい表情は限界まで達していたし、小夜子自身もいつもの無表情はそこに無く、怪訝の色に染まっていた。

 恐らくは、もし十花本人が居たなら、二人の能面に凄い表情があるなんて失礼な事を言われるであろうくらいに……。

担任:
「昨日、猪原が何処かに行ったか知っている人、もしくは猪原から連絡を貰ったという人はいませんか?」

久遠小夜子:
「えっ……」

駿河柚胡:
「……?!」

 小夜子は思わず素っ頓狂な声を上げていた。

 思わず後ろを振り返ると、柚胡は最早、いつもの冷静さを完全に欠いているように見える。

 無表情など皆無で、そこには戦争に行った愛する人が戦死した事を通告されたような顔で、目の焦点さえ定まっていない柚胡が居た。

久遠小夜子:
「ゆ、う……?」

駿河柚胡:
「どういう……どういう事ですかっ?」

 小夜子は思わず呟くが、柚胡の耳には入っていないようで、彼女はやや語気を荒げた強い口調で担任に問う。

担任:
「ああ、いや……。猪原がな、昨日から家に帰っていないという事で親御さんから連絡があったんだ」

 担任は柚胡にやや気圧されながらも、そう告げた。


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