『魔夜』
第二章 愛
久遠小夜子:
「……」
猪原十花:
「よぅ!」
次の日の昼休み。ぼーっと席についていると、十花からトンッと肩を叩かれた。
猪原十花:
「ま〜たぼーっとしてんのか?」
久遠小夜子:
「ん〜……」
猪原十花:
「何だよ、悩み事か? 珍しいな!」
小夜子の微妙な反応を前に、十花は両手を腰に当てたエッヘンポーズでそんな事を言う。いつものように豪快な笑顔だ。
久遠小夜子:
「珍しいって……。私だって悩み事くらいあるよ」
猪原十花:
「なはは! 悪かったな! だって小夜子だし!」
十花の物言いは、小夜子でも偶にムッと来る事はある。けれど彼女のこの、純粋というか単純というか、嫌味の無い豪快な笑顔を見ていると、怒る気も無くなってしまうんだ。何か憎めない。
男子A:
「お〜い、猪原! 今からサッカーやるから来いよ!」
猪原十花:
「おおう! 今行く! じゃあな、小夜子! なんかあったら相談しろよ」
ニシシ、と笑って元気に走って行く十花。
何だかんだで根は良い子なのだ。……ただ、正直彼女には悩み事を相談する気にはなれない。
周りから“歩く電光掲示板”などと呼ばれているのは伊達ではなく、何処から漏れるか解ったものではないからだ。寧ろ暴露するようなもので、悩み事を書いた紙を背と腹に貼り付けて各所に挨拶するのと同義だ。
メールの際に、電話の際に、学校や校外で逢った時に、そして電子の世界を使って、更に情報は拡散されていく……。
久遠小夜子:
(それさえなければ良いんだけど、ね……)
小夜子は思わず苦笑する。
男子だからどうの、女子だからどうの、と変に意識する小中学生になっても、十花は幼少の頃から変わらず男子達との付き合いが続いているらしい。
いつもクラスのリーダー的な存在で、ぐいぐい引っ張っていく頼もしさがあった十花。誰にでもフレンドリーで、男子にも女子にも態度が変わらなくて、スポーツが出来て面白くて、盛り上げ役の十花。
彼女は部活は帰宅部であったが、そのかわり、地元の女子サッカークラブのキャプテンを務めている。
バスケも野球もバレーもテニスもバドミントンも、何でも出来て、オツムはちょっと弱いけど、体を動かす事なら誰にも負けなかった。
体育のシャトルランではいつも最後まで残るし、成績表もいつも体育だけ、オールAの総合評価は五。
だから昔から良く男子からお誘いを受けていた。野球やらないか、とか。サッカーやろうぜ、とか。
久遠小夜子:
(羨ましいなぁ……)
全然積極的に動かない小夜子とは違う。眩しい十花。出来れば、ずっと良き友達として一緒に居たい。
久遠小夜子:
(新しい推理小説でも借りて来ようかな)
中学生のお昼休みなんて、女子は小学生のように外で目一杯遊ぶ事なんてなくなる。
する事が無いので、小夜子は普段、教室で携帯でも弄るか図書室で本を借りるかしているのだ。
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