『生存説』
誇大?
竹澤達と別れた俺は、一人町をぶらつく。
今日は土曜だ。これといって予定も無く、変な話を聞かされた為、気分転換に少し町中を歩いて回っていた。
ふと足を止め、町中に突っ立ったまま何げ無く空を見上げる。……快晴だった。白い雲が気儘に流れ行く、平穏な昼下がり。
世界はこんなにも平穏だ。なのに、あんな不穏な情況に立たされて堪るか。
木元一哉:
(もう直ぐ梅雨か)
五月中旬。生暖かい風が吹き抜ける中、そう思いながら何と無く上半身だけ少し振り向いて、遠くを見遣る。
刹那、前を向いて歩き出そうとした時。
最初に視界に入ったのは、漆黒のローファー。続いて発色の良い漆黒のソックスに、服。何故かそれが制服だと気付くのに数秒を要した。
ゆっくりと視線を上に持って行く。風に靡く、胸元くらいまで掛かるロングヘア。自然にその顔を見る。
この顔で迫られたら世の殆どの男がおちるんじゃないか、ってくらい整った顔立ちをして、しかし顔立ちが端整というよりも最初に目が行くのは、綺麗な闇色をした眼だった。
澄ました尊大そうな顔。なのに、教養のある一廉の武士のように何処か力強い眼光に射抜かれる。未知の偉大さと畏怖、そして不思議な魅力を湛えた吸い込まれそうな双眸は、丸で宇宙のようであった。
地球以上の、全ての天体を統べる宏大な空間。それを眸に宿した少女──。
黒い少女:
「今日は」
休日だというのに制服姿の少女は、その端整な顔を綻ばせ、挨拶して来た。
誰もが好感を抱きそうな可愛らしい笑顔だが、その微笑みの裏に陰影がかげろうように思え、その穏やかさが何処か不気味でもあった。
木元一哉:
「ど、どうも……?」
俺は人見知りしない性格で、親しみ易く接するのは苦手だが、初対面の人でも普通に話が出来る。
基本的に目上の人間でも、凄い人だろうが何だろうが“同じ人間”なのだからと恐れ入る事も無いような性質(タチ)だった。例えば面接とか、学校のあれで皆の前に立って喋るとか、そうゆうのにもあまり緊張しない性格なのである。
俺はそんな人間なのだが、この少女を前に何故か恐縮してしまった。変に張り詰めてしまったようだ。それがどうしてか、解らない。
少女の制服を見る。
高級感のある黒い生地に、白いライン。襟や袖、エポレットには金の縁取りが付き、ボタンは翼を広げる鷲が彫られた金色の物だった。そして、分厚い刺繍で出来た、そこいらの民間品では絶対見られないようなワッペンが左上腕に縫い付けられている。それは襟に光る校章と同じデザインだ。そんな制服に、綺麗な紅いリボンが映える。
。何処かで見た事があると思っていたら、思い出した。この制服は、東大にも最も近いとされる国内第一位の進学校である高校のものだ。
木元一哉:
(確か……、
月華紫蘭第一高等学院とかいうDQNっぽい長ったらしい名前の……)
金持ちなら誰もが我が子を行かせたがる、庶民でも頭が良い奴等の憧れである、名高い高校。そんな学校の制服を纏う、少女……。
黒い少女:
「君は“運命”を信じるかね?」
突如現れて、初対面だというのに図々しく喋り出した少女。その女の子だというのに変わった喋り方で話す様は、何処と無く誇大にも似ていた。しかも出て来たのは相当ロマンチックな単語だ。
しかしこの少女の言う“運命”とは、ドラマや漫画などで在るロマンチックな運命とは絶対に掛け離れたものだろうと直観的に察する。
木元一哉:
「……信じてないな」
俺は正直に思う事を口にする。成り行きの必然はあろうとも、運命などというものは単なる戯れ言だ。人の力ではどうにもならない、どうにも出来ない廻り合わせなど有りはしない。そんなのは本人次第で幾らでも変えて行けるのだ。
黒い少女:
「しかし残念ながら、君には君の信じていない運命を受け入れて貰わねばならないのだよ。それが現状だ」
木元一哉:
「意味不だな」
俺は冷めた口調で言う。
この少女が何者だとかは、別に気にならなかった。どうせ誇大のような“変わり者”の類だろう。まともに取り合うだけ時間の無駄だ。
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