『生存説』
姉さんの実験
そして次の瞬間保途の口から放たれた言葉は、予想通りの非現実的なもので、しかし余りにもぶっ飛び過ぎたものであった。
四報保途:
「君は私の言う“生きている”を“誇大の実体が存在している”と捉えたようだが、それは違う。体では無く、姉さん自体──姉さんの“核”だ。確かに姉さんは自殺し、その躯は空になったが、姉さんそのものはきっと生きている。これは恐らく姉さんの実験──死ぬ直前に姉さんが云っていた事を考えれば、きっと何処かに存在する筈なんだ」
静かだが、強い説得力のあるはっきりした物言い。よく夢が無いと言われる現実主義者の俺でも、その変に力強い一言に否応なしに圧されてしまった。こんな馬鹿げた話なのに。
木元一哉:
(誇大が死ぬ直前に言っていた事……?)
四報誇大:
「私は思う。死は始まりであり、死は新たなる人生の起こりだと。その人が何を持っていようと死んでしまったら元も子も無く、“終わり”だが、それはその躰に宿る生命に限ってであり、その人生は終わりでは無く、其処からドラマが生まれる」 奴のあの煩わしい声が脳内再生される。もう一年経つのに、声すら何と無く覚えているぼんやりしたものでは無く、明確に焼き付いている。斯くも強烈な存在──四報誇大。
まさか。あの時誇大が言っていた事、そして今保途が言っている事が解って来た。
竹澤:
「……あの時、止めようかと思ったんだけど……俺の解釈が当たってるって確証が無かったから、ね……」
少し寂しげに放たれた言葉。それを聞く限り、恐らく竹澤は誇大が言っていた時から、大凡の理解は出来ていたのではなかろうか。
木元一哉:
「まさか……“転生”とか、そうゆう事か……?」
魂の移動。精神の掏り替わり。そんなファンタジーな事をまさかと思いつつ訊いてみたが、保途はいつもの無表情で頷いてみせる。ふざけているようには見えない。
木元一哉:
(めんどくせぇ……)
竹澤は創作に傾倒しているところがある。ホラーなどで有り勝ちなトラブル……“厄介事”を好み、トラブルメーカーが好きである。しかしそんな竹澤自身もトラブルメーカー。こんな事態に俺を巻き込んでくれるとは……。もともと誇大の目に留まったのも、竹澤と居るのが原因だった。
木元一哉:
「……悪い。信じ難い話だが若しそれが本当だとしても、俺は協力する積もりは無い。誇大とはアイツが勝手に付き纏ってただけで友達でも何でも無いし、正直そうゆう非日常に巻き込まれたく無い」
竹澤:
「木元……」
こうゆう時は思い切りが大切だ。気を使って訥々と遠回しな言い方をせず、はっきりと物を言う。そんな俺を、竹澤はやや哀愁の漂う顔で見詰めている。
思えば此奴は何時も誇大を見詰めていた。誇大は単純に私が魅力的だからとか調子乗って喜んでいたようだが、若しかしたら此奴は本気で……。
竹澤から言わせれば、藁にも縋りたい気持ちなのだろう。それは察してやれるが、だからといってこんな訳の分からん事態に巻き込まれてやる程、俺はお人好しじゃない。
木元一哉:
「じゃあな。帰るわ」
俺はそう言って席を立つ。
竹澤:
「っ──」
それを透かさず立ち上がって引き留めようとした竹澤だったが、保途がその袖を掴んで制していた。竹澤はそれに従い、何か言い掛けていた口を閉じてゆっくりと腰を下ろす。そうして、ただ保途の事を見詰めていた。
俺は自分の飲んだブラックコーヒーの支払いだけを済ませ、とっととその場を後にしたのだった。
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