『生存説』
探して欲しい
四報保途:
「君に折り入って御願いがある」
言いながら保途が席につき、その隣に竹澤が腰を下ろす。
誇大ほどでは無いが、その血を色濃く受け継いだらしい保途は、奴に似て少し変わった喋り方で切り出す。
五月十四日──誇大が死んで丁度一年目、一周忌の今日に、その妹は彼女について何を話そうとしているのだろう。
沈黙がその場を支配した。暫らく黙座の時間を経てやっと俺が口に出したのは、
木元一哉:
「……は?」
の一言だった。当たり前だ。
今、此奴は何て言った? 誇大を探しに行く? 自殺した誇大を?
四報保途:
「姉さんは生きている。捜すのを手伝って欲しい」
木元一哉:
「……済まん。意味が解らない」
衝撃的すぎて何時もと同じ落ち着いた口調の俺は、そんな言葉で説明を求めた。自分でもその意味をぐるぐると考えているが、考えれば考えるほど解らない。理解不能だ。
竹澤:
「そのまんまだよ。誇大は生きているんだって。だから一緒に探そう!」
勇んでそう言う竹澤だが、待て待て待て。此奴はおかしいとは思わんのか。自殺して葬式まで開かれている人間を探すとか言ってるんだぞ。火葬だってされた筈。
まさかあんな形でお姉さんを失って、おかしくなってしまったのかと考える。しかしそれにしては、保途は何時も通りすぎる。この姉妹はいつも変だったから“おかしい”の基準が今一判らないが、保途の気が狂れてしまった訳では無いという事は直観的に悟ったのだ。
木元一哉:
「待て。俺達は葬式に出てるんだぞ? 火葬だってされた筈だ。誇大は死んだんだよ、保途」
俺は冷静に、諭すようにそう告げる。しかし保途は衝撃的な一言を吐いた。
四報保途:
「君は姉さんの死に顔を見たのかい?」
その言葉に、固まる。
四報保途:
「確かに葬式は行われた。私は通夜も出ている。しかし、ただ棺が在るばかりで姉さんの顔は一度も見ていないのだよ。普通、葬式では死者の姿を顕わにし、皆で棺の中に花を添えたりするものだが、それが無かった。詰まり自殺後の姉さんの姿は、親族である私ですら確認できていないのだよ」
……確かに、飛び降り自殺という事で遺体が損傷しているため見せられないとか何とか聞いていた。俺達は、誰も誇大の事を見ていないのだ。当然ながら自殺した所や、自殺直後の遺体を見た訳でも無い。ただ自殺したと聞いただけだ。
しかし……。
木元一哉:
「確かにお前の言う通りだ。けどそれはちょっと飛躍し過ぎて無いか? 幾ら姿を見ていないからって、誇大が生きている理由にはならないだろ。ちゃんと専門の人に死んだと判定されたから、四報誇大本人だと特定されているから葬式が行われたんだろ? それとも誇大以外の人間を誇大だと偽って葬式開くか? そんな漫画みたいな話、現実的に考えて有り得ない。お前等、創作に傾倒してんだよ」
竹澤:
「若し“
現実的では無い事態”が発生していた場合は?」
極めて現実に即した事を言った俺だったが、竹澤が妙に徐な口調でそう訊ねて来た。その顔は真剣そのものだ。
木元一哉:
「竹澤。怪奇が好きなのも誇大が死んじまって悲しいのも解るが、少しは現実を見ろ。じゃあな」
俺は呆れて席を立つ。しかしその刹那、保途が決定的な一言を飛ばした。
四報保途:
「君は何か勘違いしているようだね」
木元一哉:
「……どういう事だ?」
それは、帰ろうとしていた俺を引き留めるには充分すぎる台詞だった。幾らどんなに下らない事を言うだろうと解ってはいても、気になる言い方をされればそれを聞くまでは気になってしまう。
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