『魔夜』
序章 学校にて
見える。
視える。
私には、見える。
人の……“過去”が。
私は、視てしまう。死者の、過去を。
死人の、生前を。 ま や
魔 夜 祁栖(けせい)市立蔓祁(かずらぎ)中学校の真っ昼間の校舎内。生徒達は退屈な軽口を流し続けて喧噪に溢れ、思い思いに休憩を取っていた。
その中に、既に次の授業の準備を終え、無表情に疑惑とも困惑ともつかない、何とも言えない表情を浮かべながら席についている女の子がいる。
久遠小夜子:
「……」
今年の四月に中学もやっと二年目となった少女、久遠小夜子(くどう さよこ)は悩んでいた。
人の悩みというものは複雑で、本来他者が目で見ただけでそれを測るのは至難であろうが、今回、小夜子の場合、彼女の悩み事を、その原因を突き止めるのは簡単だった。……簡単も何も、今正に体現して隣にいる、とある少女が原因だった。
少女:
「どうしたんだいそんな疲弊したような険しい顔をして? ただでさえポーカーフェイスな君の顔が更に怖い顔になっているよ? 無愛想な君は少しでも笑顔を見せないと、多分きっと恐らく良い事はないと思うのだから、笑ってみてはどうだろうね?」
その少女は、常人ならとても話しかけ難い雰囲気を持っている小夜子から出るオーラのようなものを真っ向から無視して、マシンガンをぶち込むように無遠慮に話し掛ける。
多分きっと恐らくとか、普段から無駄に偉そうな雰囲気を放っている癖に、自分に自信があるのか無いのかどっちなんだ、と突っ込みたい気持ちを抑え、小夜子は言葉を紡ぎ出す。
久遠小夜子:
「……あのさ」
少女:
「なんだい? どうやらあまり社交的では無いような、人付き合いを好まないというか、冷淡というか、自分から積極的に人と拘わろうとしない君に先程から私がこんなにも健気に話し掛けているのに、それに対するレスポンスがほぼ無いなんて中々寂しい状況じゃないかと思っていたが、やっと私とコミュニケーションを取ってくれる気になったのかな? いや、それは良かった実に良い事だ。友人は大切にしたいしね。今更ながら友愛というものはとても大切であり大事だと理解したものでほら、私はこう口下手じゃないか? それ故に私の事がちゃんと伝わらない事が多いみたいで、いつも孤軍奮闘している次第なのだよ。難しいものだね、全く。人間とは実に興味深く面白く愚かしい生き物であり愛おしい限りであるがそうであるが故に──」
口下手と言う割には随分と巧みに舌が回るんじゃないかとか、コミュニケーションを取る気になったのが良かったとか勝手に決め付けないで欲しいとか、言いたい事、突っ込みたい事は沢山ありすぎたが、どうせ何を言っても全ては無駄に帰す事は判り切っていたので、小夜子は割り切る。
久遠小夜子:
「……何で、居るのかな?」
少女の長い台詞の大半を無視して、小夜子は言う。
……というかもう少女の言葉を完全無視しているようなものだ。少女の言葉を無視しても少女の存在だけは無視しないという或る意味凄い行為をさらりとやってのけるところは、流石と言うべきであろう。
少女:
「いやぁ、私はほら、見ての通り中々頗る究極に可愛いじゃないかい? 美しいと言って貰っても構わないが。そんな私が制服なんかを着ていると、漫画化やらアニメ化やらしてれば破壊力抜群じゃないかいもう世の男共なんか悩殺だよ、悩殺? ってまあそれは本当で事実であるが今は違かったそうだ違う話をしていたんだよ私は。詰まりこんなに可愛い私が、中々に可愛いこの学校の制服を着てみたらどうだろうと思った次第なのだよ。君とも話したかったしね。いや私の学校の制服も可成可愛いのだが、私はこんなに素敵であるから君の学校の制服も着てみたら萌えとか胸キュンってやつにならないかね? 嗚呼、視線が熱い……」
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