SHiONシリーズ | ナノ









「おお、シオン爵士! よく来て下さいました!」

 あれから直ぐ兵卒たちが駆け付けたので処理を任せ、一休みしようと髭面の店主が経営する酒場に立ち寄ったシオンだったが、扉を開けるなり歓迎されて溜め息を吐く。

「アゼルはまた潰れたのか。マスター、何杯飲ませたんだ?」
「三杯です。二杯飲んで、もう一杯くれと言うんで止めたんですがね……」

 視線の先には、あの細っこい青年アゼルの姿。彼は机に伏せて真っ赤な顔で眠ってしまっており、だがしかし金の袋だけはガッチリ掴んで離さないのであった。

「仕方ないな……私が連れて行く。その前に一杯くれるか、マスター」
「はい、いつものですね」

 店主は葡萄酒を出したが無論アゼルの頼んだ安い葡萄酒とは違い、庶民では手の届かない高級品である。
 とは言えアゼルが頼んだ葡萄酒も、貧困層が口にする搾り粕の粗悪品よりは上物であり、庶民のちょっとした贅沢くらいの酒だった。貧困層が呑む酒はアルコール度数などほぼないが、アゼルの頼んだ葡萄酒はそれなりにアルコール度数もある。それでもシオンならこの程度で酔ったりはしないが、酒の弱いアゼルにはかなり回ったのだろうと容易に想像できる。

「相変わらず、烟草の類は嗜まないんですね」
「アレは苦手だ。それに私には不必要だ」

 軽く苦笑して見せた後、店主が用意した高級品の葡萄酒が注がれたグラスを傾けるシオンの姿は、目を奪われるほどに美しかった。常連としていつも持て成している店主でさえ、見れば見るほどに美しい女だと感心するほどである。
 堂々として、凛々しく、隙がない。それは折角綺麗な容姿を持って生まれた女性としては、男性を寄せ付け難くしてしまう欠点とも言えたが、そもそもシオンは騎士道一貫で結婚や色恋沙汰には興味がなかった。
 ただ、店主の目から見て、身分などは抜きにすれば、シオンとアゼルは似合いに思えたのだ。
 いつも潰れてしまうアゼルに呆れながらも連れ帰ると言う優しさも、単に知り合いを気に掛けているだけなのか。そこに本人でも気付かないくらいの感情が潜んでいないとも言い切れないし、少なくとも店主の目から見れば十分恋愛に達していい仲であると言える。
 だからつまり、足りないのは“押し”だ。アゼルがもう少し積極的に、強引でないくらいに押せば、シオンも満更ではないだろうと店主は見ている。シオンはアゼルを悪く見てはいないし、寧ろ貧民でありながら気に掛けて貰っているのだから彼の方からアプローチをすればよい。
 だが、アゼルは悲痛なほどに自信がなかった。彼は最初から女性に好いて貰うことを諦めていたし、況してシオンのような容姿も地位もいい女性など相手にして貰える訳がないと決め付けている。
 店主は、それが非常に惜しいと思っていた。まだまだ若いのだから、幾らでもどうにでもなる年齢であるのに、と。それは、恋愛や肉欲の悩ましい時代を疾うに乗り越えたオジサンのお節介な思考に過ぎないのかも知れないが。

「うぅー……」

 そんな店主の思考など露知らず、酔ったアゼルが寝苦しそうに唸った。
 そんな彼をちらりと見るシオンには、嫌がっている様子はない。
 軈て葡萄酒を飲み終えた彼女は徐に立ち上がると、大銀貨を数枚テーブルに置いた。

「マスター。私と、アゼルの分。では、失礼する」
「有難うございやす」

 アゼルが金の袋を手離さないので、一旦シオンが立て替えることになった。
 小柄なアゼルを抱え上げて出て行く男らしいシオンの姿を、店主は目を細めて見送った。



     †     †



 街外れは塀に囲まれておらず、山にはみ出していた。道はできているが、石畳ではなく土の道だ。
 周囲に木々が立ち並ぶその場所は、この街ではあまりいない貧困層の家がぽつりぽつりと並ぶ寂れたところだった。
 アゼルの住む小屋は、そこから更に山中に入った特に人気がない場所にひっそりと建っている。

「相変わらずボロいな……」

 未だ目覚めないアゼルを抱え上げてこんなところまで来たシオンは、そう呟いてアゼルの“家”を見詰める。手にしたランプの頼りない灯りに照らされるそれは、その辺の農家が有する畜舎の方がまだ立派なんじゃないかと思えるような、簡素な掘っ立て小屋だった。
 シオンはいつものようにその掘っ立て小屋の扉を開け、中に入る。
 壁は漆喰塗りすらされておらず、窓も元々なかったようでアゼルが自分で作ったらしい雨戸は不器用に歪んでいた。床も板張りなどではなく、多くの裕福ではない農民がそうであるように土間である。
 中央には石を積み上げて拵えた炉があり、隅に置かれた古い木箱の中には、固く二度焼きされたパンが幾つか。ビスケットと呼ばれる粗末な保存食だ。
 木箱と反対側の一角には山積みの藁。この藁が寝床であり、質素なリネンシーツすらない。掛け布団は、着られなくなったボロボロの服で代用していた。
 普通の家は居間と寝室くらい分かれているものだが、彼の場合は掘っ立て小屋を家として居住しているのだから例外である。
 こんな人気の全くないボロ小屋に住む唯一の利点は、直ぐ近くに美しい湖が広がっていることだろうか。
 藁の山にアゼルを寝かせたシオンは、

「おい、アゼル。酒は潰れない程度に飲め」

 と一応声を掛けてみた。無駄と分かっていたがやはりそうで、アゼルはグウグウと鼾をかいて熟睡していた。

「やれやれ……」

 呆れ顔で溜め息を吐いたシオンはしかし、ふといつもの無表情に戻って彼を見詰める。
 ランプの僅かな灯りに照らされる、無防備な寝顔。
 そこに用心はなく、
 そこに警戒はない。
 いつもの凛々しい顔で黙ってアゼルを見詰めるシオンが今何を考えているのかは、彼女と親しい仲間の騎士たちも家族でさえも窺い知ることはできないであろう。
 不意に彼女はそっとアゼルの頭を撫でた。瞳と同じく色素の薄い子鹿色の髪は、猫っ毛なので柔らかい。
 軈て立ち上がった彼女は、静かに小屋を立ち去るのだった。




[ 2/6 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[Marking]





×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -