黒き疾風シリーズ | ナノ


『月の眼(モーント・アオゲ)』

暗躍する者




 凄惨。そこは、その一言で十分過ぎる有り様だった。
 夥しい鮮血の海に散乱する肉の欠片、臓器、脳漿、黄色い脂。嘗て一人の人間を形成していたそれは、最早ただの生臭い肉塊と化していた。
 遠くから聞こえる電車が通過する断続音が、唯一ここが文明圏であると物語る。それでも、この場に漂う異質な空気がここは異界だと告げているようであった。
 その凄惨な骸を作り上げた張本人、傍らに佇む一人の女性は、セミショートの髪を風に揺らしながら小さく呟く。

「……あはっ。ちょっとやり過ぎちゃったかな?」

 まるで、友人同士のじゃれ合いで少し羽目を外してしまった程度のような軽さ。浮かべる笑みは爽やかで、社交的な雰囲気に好意的な印象を受ける。
 が、だからこそ、今この場面では不釣り合い過ぎて酷く不気味だった。

「うお、ひっでぇなこりゃ……機嫌悪りぃのか?」

 もう一名、ミンチ死体を目にして大して驚いた様子のない人物が暗闇から現れた。

「まさか。加減を間違えちゃっただけだよ」
「すっげぇ胡散臭ぇな……」

 満面の笑みで答える女性にジト目を向ける金髪の人物は、パッと見はガタイのいい長身の若い男だ。
 サイズが合っていないのか腰穿きになっていた真っ赤なダメージデニムを持ち上げながら、その若者は刈り上げた頭を掻いた。

「しっかし多いな。今月入ってから何人目だよ」
「私たちの情報は正しかったってことだよ。駄目で元々だったし、いいじゃない。死にたい奴は、殺してやれば」

 そう言ってにっこりと綺麗な笑顔を見せた女性だが、最後の言葉を放った時だけ目が笑っていなかった。
 言葉にした訳ではない、考えてすらもなかったが、その鋭利な眼光が、この女性を常人とは違う別世界の人間だと告げている。

「まぁなー……。ちと怠りぃけど。でも何処にいんだろうな、そいつ」

 常人なら気圧されて当然の女性の様子にも全く動じず、頭の後ろで腕を組んで欠伸混じりに呟く若者もまた、女性と同等の存在であることを示唆していた。

「何れ見付かるよ。この街の何処かに必ず、Form(フォルム)能力者はいる――」

 首だけで軽く振り返った女性は、相変わらずの人の良さそうな笑みで、だがはっきりとした口調でそう言った。




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