A fibber
死ネタ
病気が原因らしかった。
彼はもう喋る事ができなくなってしまったのだと、彼の担当医から聞いた。
旅を終えて久しぶりに会った。
今回は先についていたらしいルカ達に挨拶をした後、彼の部屋の扉をゆっくり開いた。重い病気の所為でこの先もう武器を持って戦えることなど一生ないだろう、もしくはもう外に出ることもできないだろう。
そう言われていた。その事実を知らない彼は部屋の外を眺めていて物音に振り返る。声で気持ちを伝えることができなくなった彼は、前にもまして表情が豊かになっていて少しだけ驚いた。
ちょっとだけ驚いた表情を見せた後嬉しげに笑う。これも昔では考えられなかった。
「久しぶり。」
そういうと穏やかに笑いながら首を縦に振る。性格もずっと穏やかになったのだろうか。
そういえば前よりもまた一段と痩せた気がした。病気の所為でずっと部屋に閉じこもりっきりだったのが原因だろう。彼の隣に座って何でもない話をしていた。うなずいたり色々な表情をして答える彼が愛しくて、そっと体を抱きしめた。
でも背中にまわされた腕は少しだけ震えていた。
まるで、縋りつくかのように。
もう後が短いことなど彼はわかっていたのだろうか。震えが強くなる体を抱き寄せて背中をなでる。
死にたくない、死にたくない、とでも言うように首を横に振る彼。
優しくなるべく怖がらせないようにゆっくり頭をから背中を撫でながらなにも返事ができずに瞼を下ろす。もし自分のなにかと引き換えに彼の病気がよくなるならばそうするのに、そうできない現実。
「ごめんな‥どうすることもできねぇ‥オレにはさ‥。」
また首を横に振る。
「ごめん、‥リカルド。」
「‥‥、‥。」
必死に言葉を紡ごうとする彼の唇が動く。それでも声は出なくて
彼の目尻からは涙が溢れる。
どうしても伝えたいのに
伝えられない彼はただ縋るように静かに泣いた。
翌日、彼の容体が急変したと伝えられてすぐに部屋に向かった時には静かで、誰もいない部屋で
彼はベッドで眠っていた。
これ以上、手立てはないのだろう。
悲しませないように、ベッドの横に座って弱弱しく息をする彼の頬をなでる。
しにたくない
そう唇が確かに動く
「そう、だよな。誰だって死にたくない。」
もっといっしょにいたい
動く唇、その言葉が全てわかって、いつかのように会話をつづける
「そうだな、ごめんなここにずっといられなくて‥。」
首を横に振りながら彼は言葉を続ける
それでもさいごはいっしょにいられたからわがままはいわない
頬笑みながらそう彼は失った声で言う
「もっとリカルドといたかったのに‥な‥。」
ゆっくりと彼の手が持ち上がってオレの髪をなでる
ああ、いよいよ最期の時なのだとわかってオレは軽い彼の、リカルドの体を抱きよせる。
あたたかい
そうやってまた笑う。緩慢になってきたまばたき
震える睫毛が光に反射してどことなく儚くて
「リカルド‥。」
スパーダ、おやすみ、あいしてる
少しだけ腕にかかる重みが増えそっと頬に触れればそこにあったわずかなぬくもりも、もう途絶えていた。
美しいリカルドの死に体を抱き寄せ、また髪をなでる。
もうくすぐったそうに笑うことも、照れて頬を赤くしたりすることなど一生ないというのに
「愛してる。」
そう甘く囁く。もうこの言葉が届くことなどないのだろうけれど、冷たいその体をゆっくりとベッドに横たわらせる。
陽光に煌めく艶やかな黒髪
白く透き通るような石膏のような肌
細く綺麗な指先
そしてもう見ることはない、美しい唯一無二のあの蒼の瞳
まるで人形のように眠るリカルドにそっとキスを落とした
いつか聞いた童話のようにキスをしたら目を覚ますなんていうことを信じてみたりはしたのだけれどそれは叶うことはなく、静かな時間だけが流れる冷たい唇から自分の唇を離し美しいその顔を指でなぞる
指を離してその手を強く握りしめ、こぼれる涙をそのままにリカルドをただ、呼び続けた
眠る君の頬には涙した跡
(ごめんね、あんな残酷な嘘をついて)