ちくたく | ナノ

陽だまりを這う

「おいめぐ」
「はい……」
「てめー、わかってんだろーな?」
「重々……承知しております」

正座をしながら膝の上に両手をそろえてぷるぷると震えている私は、どっからどう見ても、目の前で私を見下ろしている影浦先輩にいじめられている。そんな風にしか見えない、間違いない。

「ちょっとカゲさん……ここじゃ目立つんじゃ」
「うるせぇ、んなこと関係ねぇ」

ガヤガヤと遠くの方で人が集まってきているのが見える。何事かとこちらに多くの視線が集まっていることは、サイドエフェクトなんてなくとも簡単にわかる事だった。こんなところを視線の的にされることの恥ずかしさと言ったらない。穴が入ったら入りたいどころではない、いっそ消えてしまいたい。顔が青ざめているのが自分でもわかるほどで、それを見かねたユズルが止めに入ってくれるが、血の上ってしまった影浦先輩の耳には届かない。

「ご、ごめんなさい……」
「……っチ」

そもそもどうしてこうなったか。それは今日の防衛任務での出来事が原因だった。初めて隊に所属したということもあってか、団体行動というものに慣れていない私。そんな私は、ただでさえ人に合わせることが苦手だというのに、相変わらずの自由奔放で予測のできない影浦先輩の動きについていくことができなかった。

「これで何回目だ、おい」
「さ、3回目です……」

そんな私がネイバーを狙って打った弾。それはなぜか、すべて影浦先輩に吸い込まれるようにして彼に命中してしまうのだ。もちろん、悪意なんざ微塵もない。目を見開いている隣のユズル。何が起こったのかわからずに混乱しているゾエさん。青ざめる私を他所に、ゲラゲラと通信機から聞こえる光ちゃんの笑い声。実にカオスである。

「……わざとか」
「滅相も、ございません」

影浦先輩がもともと怖い人だということは知っていたけど、これほどにも威圧感があって、怖い人だなんて知らなかった。それに加えて、戦闘時のあの合わせづらさといったら正に初心者殺しである。いつまでも、もたもたとして一向に隊に入ろうとしない私を見かねたユズルに、引きづられるようにして入隊したが、こんなにも恐ろしい事が待っているとは思ってなかった。

「う、うぇ……」
「……は?」
「うぅ……ひぐっ、ご……ごめんなさ……っ」
「はぁ!?」

こらえきれずに嗚咽を零す。決壊してしまった涙腺からは、抑えていた涙がボロボロと流れ落ちて、強く結んだ膝の上の拳にぱたぱたと落ちていく。呆れたように傍にいたユズルが「あぁーあぁー、泣かした」と口にして、すかさず号泣している私の頭にタオルをかぶせる。さり気ない優しさが、私の涙腺をさらに壊す。

「おい、さっきからなんの騒ぎだ……。ってカゲ、お前どうしたんっ……は?めぐ?」
「あらっふ……せんぱ……っ」
「っげ」

遠くから聞こえた親しみのある声、号泣しているせいで顔は見えないが、如何せん聞きなれた声だ。それが誰のものかは直ぐに分かった。慌てたように駆け寄ってくる足音に、その名前を紡ごうとするが、嗚咽のせいで中々声が発せない。

「なんでお前泣いてんだ?……まさかカゲ……」
「カゲさんが泣かせました」
「おい!ユズルてめっ!?」

この時、私は改めて影浦先輩は怖い人なのだと痛感した。ユズルがいるから大丈夫かな、なんて安直な考えを抱いていた私が甘かったのだ。こんな隊すぐに抜けてやる、そう胸に誓う。荒船先輩が影浦先輩を叱りつけているのを聞きながら、黙って背中を叩いてくれるユズルにしがみついて泣いていた。

これは、私が影浦隊に入隊してから間もなくの出来事である。


*


「てめー、わかってんだろーな?」
「わかってます」

威圧的に正面から見下ろしてくる影浦先輩に、頬を膨らませながら対峙する。抜けてやると決意してから数か月経ったにも関わらず、私はまだ影浦隊に所属していた。

「おめーいつになったら人を避けることを覚えるんだ?」
「射線に入る先輩が悪いんです」
「あ?」
「先輩は人じゃないもん、獣だもん」
「あぁ??」

それは主に私のメンタルが鍛えられたことが理由だろう。いつの間にか、睨みつけられても憎まれ口を返すぐらいの余裕が出来てきたのだ。これが良い事なのか悪い事なのか自分でもよくわからないが、この隊で生きていくためには必要なことであることは間違いなかった。

「テメェいい度胸してんじゃねえか」
「いじめたら荒船先輩に言いつけてやる!」
「めんどくせえ奴つれて来ようとしてんじゃねえよ!アホが」
「アホっていう方がアホなんだ!!」

どうして自分はこんな風に変わってしまったのか。自分でもよくわからないが心当たりはあった。あの一件以降、荒船先輩が、いじめかな?と疑う程、私を影浦先輩の実家であるお好み焼き屋へ連れて行くようになった。そこで先輩の扱い方を、知らず知らずのうちに身につけていたのかもしれない。

「このチビ調子に乗りやがって!」
「チビじゃない!」
「まあまあまあまあ、2人とも落ち着いて!」

にらめっこする私たちの間にゾエさんが割り込んでくる。そのふくよかな身体を無理やりねじ込ませるようにして、間の僅かな隙間に入ってくるゾエさん。窮屈そうなので少し下がって間隔をあけてあげる。

「めぐちゃんだって頑張ってるんだからさ」
「そうだ!」
「頑張っている奴が、あんな人のこと撃つかよ」

「でもめぐちゃん、ちょっとずつ当たらなくなってるよね!?」
「そうだ!」
「ぶっ飛ぶのが頭だったのが腕になったぐらいじゃねぇか!」

その言葉にギクッと肩が跳ねそうになった。不安を込めてゾエさんを見上げる。

「そんなこと言ったって、めぐちゃんだってちゃんと頑張ってるもんねえ?」
「うん」

そうすると、少し屈んで私の目線に合わせてくれるゾエさんはまるでお兄ちゃんのようだった。子供をあやすような優しい口調のゾエさんに、ぶんぶんと縦に首を振れば、気にくわなさそうに影浦先輩が「っけ」と一言吐き捨てる。

「よし、じゃあこうしよう!今日の任務でめぐちゃんがカゲのことを撃たなかったら、お好み焼きをごちそうする!」
「わーい!」
「ほう、いいじゃねえの」
「もちろん、カゲがね」
「俺かよ!」





その様子を遠くで眺めながら、光とユズルはこたつの上にあるみかんをのんびりと頬張っていた。どうやら盛り上がって楽しそうな雰囲気はあるが、どうも参加したいとは思わない2人。テレビの代わりとでもいうように、3人の様子を遠目に見守っていた。

「お前がおごれよ!」
「こういう時はカゲがおごってこそ意味があるんだよ〜!」

みかんを次々に口に放り込んで、もくもくと食べ続けるユズルをじっと見つめている光。その視線に気づいていながらも無視し続けていたユズルだったが、何時まで経っても他所を向かない彼女にしびれを切らす。ついに「なに?」と端的に言葉を投げ、そうすれば光は、待ってました、と言わんばんばかりにに即座に口を開いた。

「ユズルはどうしてめぐの弾がカゲに当たるか、知ってんだろ」
「うん」

それは至って簡単であった。元々、彼女はそこまで下手ではない。寧ろ長年培われてきた射撃の精度、どちらかと言えばそれは高い方であった。それではなぜ、高確率で影浦に命中してしまうのか。それは影浦がすばしっこく、予知のしにくい動きをしているだけが問題ではなかった。彼女が使っているトリガーにも問題があったのだ。

「あの人、防衛任務の時なぜかアイビスを使ってる。いつも使ってないのに。ただでさえアイビスは弾速が遅くって当てづらい。その上、カゲさんの早い動きと自由な動きに混乱してああなるんだと……」
「……なるほどなぁ」

それを聞くと、光は見る見るうちに口角を上げていく。あからさまになにか悪い事を企んでいる光の様子に、嫌な予感を覚えたユズル。次の瞬間、未だに口論を続けているゾエとカゲに向かって大きな声を上げる。

「おい!カゲ!私も協力してやるから成功したら私にもお好み焼き焼け!」
「嫌に決まってんだろ!」
「光ちゃん任せて!」
「おめーが返事すんなゾエ!」

ユズルは呆れて、はぁと大きなため息を付く。この人たちは本当に賑やかというか変わっている。いつの間にか会話に混ざっている光達を見つめてそう思った。しかし、やはり自分もそんな彼らの仲間であると自嘲した。毎回身体を撃たれる度に、不意打ちの出来事に目を丸くしているカゲの姿。毎回影浦の身体を打ち抜いては顔を青ざめさせるめぐの姿。そんなカオスな状況が面白くて、原因が分かっているのに黙っていたのだから。

「カゲさん、僕にもよろしく」
「ふざけんな!」

しかし、そんなのも悪くはない。そう思ってしまうユズルであった。
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