いつでも君に恋をする | ナノ


 また会える

暖かくお日様が笑う空の下。頭上にある桜の木がざわざわと音を立てて、揺れている。幼い子達のはしゃぐ声、どこかの部屋から漏れている男性達の笑い声。こんな幸せな世界も、いつか終わりがくるのだと。少女は静かに悟った。

「もう皆と会えないんだね」

桜の木にすがりつくようにして涙を流す少女。花の香る穏やかな風が木々を鳴らしている。静かな感傷に浸っている彼女の隣にゆっくりと歩み寄る青年は、静かに言った。

「大丈夫」




「……っと、ちょっと!」
「んぅ。……む?」

ふと目を覚ます。カツカツと黒板をチョークで叩く音が木霊している静かな教室。けだるい身体をぐぐっと起こせば、下敷きにしていたノートがしわくちゃになってしまっていた。うつらうつら。そんな状態で授業を聞いていたのか、ノートに記されたアルファベットの羅列は、とてもじゃないが読めたもんじゃない。いつの間にか眠りこけていた私は、黒板にずらずらと並んだ苦手な英文が生んだ睡魔に、どうやら勝つことができなかったらしい。

「早く書かないと消されちゃうよ?」
「うん〜……」
「もう、気付いたらすぐ寝てるんだから……」

やれやれと呆れた表情でこちらを見ている隣の席の青年、堀川国広。私をつつき起こしたシャーペンで、再度ノートを取り始める横顔を、まだ覚醒しきれていないままにぼうっと眺めていた。黒い癖っ気を耳にかけ、すぐさま集中した面持ちになる堀川。毎度授業中睡魔に負けて眠ってしまう私を起こしてくれる彼には本当頭が上がらない。後でお礼を告げようと決めてから、文字になり損ねてしまったものを消しゴムで消した。それにしても、不思議な夢をみていたような……。



「言わんこっちゃない」
「ごめんごめん」

頑張ろう、そんな意とは裏腹に数分後にはまた瞼が重くなる。結局私は、その後も襲い続けてくる睡魔に負け続けてしまい、ノートには相変わらず読めないへんてこな文字だけが記されていた。

放課後のみんなが部活に向かったり、帰るために教室を去っていく中。ふたりっきり教室に残り、堀川のノートを書き写させてもらっていた。開けた窓から下校中の生徒たち、部活中の生徒たちの声が、そよ風と共に流れ込んでくる。

溜息を零して私の手元を見守っている堀川。ノートを書き写している机に、遠慮なく頬杖を付いてスペースを奪ってくる。おかげで二冊分のノートを重ねて狭苦しい思いをしながら作業する羽目になってた。文句を言ってやりたいが、貴重な放課後を使って貸してもらっている立場であるため何も言えない。

「にしてもよくあれだけ寝られるよね。ほんとに夜寝てるの?」
「寝てる寝てる」
「授業中なのにさ。あんな気持ち良さそうにすうすうと……」

1つの机に密集している私達。どこを向いてたって大体お互いの姿が目に入る距離にいた。ふと、堀川のまん丸い大きな瞳がこちらを向く。投げかけられる質問に、いつものように返事を返していく。

「えへへ、それほどでも」
「褒めてないよ」
「そう?」

首を傾げてはぐらかす。そうすれば、堀川はブルーの瞳に冷たい色を浮かべながら、はぁ、と呆れたように溜息を吐いた。閉められている教室の前後の扉。その廊下の向こうで、バタバタと男子が駆けていくのが見える。年相応にはしゃぐ彼らと、目の前で呆れた視線をこちらに向けている堀川は、どこか対照的に見えた。落ち着いてしっかりとしているのが印象的な堀川は、なんだかいつも大人びて見える。

「本当……猫なんじゃないの……?」

(主さんはほんとにどこでも気持ち良さそうに寝るよね、まるで猫みたい)

不意に頭に流れた優しい声。まるで前にも同じことがあったかのような、懐かしい感覚がして、思わずノートを書き写す手を止める。冷めた表情のまま目を伏せている堀川の顔をみつめる。暫く流れる沈黙と、動かすことを忘れていた手に堀川が顔を上げた。

「ん?どうしたの?」

きょとんとした堀川と、視線が絡み合う。脳内に蘇った音声。しかし、それ以上は何も思い出せない。霧がかったように何も見えない脳のどこかに、なんだか引っ掛かるものを覚えた。思い出せない、しかし、どうしても思い出さなくてはいけない気がしたのだ。鮮明に声は蘇っているのに、それがいつのものかも、それが誰のものかすらわからない。それが堪らなくもどかしい。

「ちょっと、大丈夫?」
「ごめん、なんでもない」

首を振れば、怒ったように眉根を寄せ、乱暴に私の手首を掴んでくる。

「大丈夫じゃないでしょ、どうしたの?」
「いや本当に平気なの。ただなんか、懐かしい感じがして……」

笑われることを覚悟して、小さく呟いてみる。野球部だろうか、開けた窓の向こうから聞こえたカキン、心地よい高音が響き渡る。吹奏楽部か、どこかから聞こえる楽器の音。放課後ならではの色んな音に意識をまばらに散らす。しかし、視線だけは、堀川から逸らせないでいた。

笑うだろうな、こんな馬鹿らしいこと言えば。そう思ったのに彼は微動だにせずに、ずっと私を見つめ続けていた。海のような真っ青の瞳が何を考えているのか、私にはわからない。掴まれたままの腕、繋がった部分から異常な熱を覚えた刹那。ふっと、堀川の表情が緩む。

「……やっと思い出した?」

その口許は何処か嬉しそうに笑みを浮かべていた。

「え……?」
「もしかしたら、一生気付かないんじゃないのか?とか思いながら待ってたんだけど……」

目を丸くしたまま、何のことかわからなくてフリーズする。刹那、あれほど霧がかっていた記憶の一部が、突然晴れ渡るかのように、鮮明に蘇る。彼の言っている記憶が何のことか、不思議なくらいによくわかる。

「堀川、あの時私に大丈夫っていったのは……」
「はは。もう、遅いなぁ……」

俯いて笑う彼はどこか泣きそうで。

“大丈夫、また会える”

そう言った昔の彼と同じように目の前の堀川もまた。泣きそうな顔で微笑んで、私の頬を慈しむような優しい手つきで撫でていた。

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