いつでも君に恋をする | ナノ


 期待させないで

自動車が忙しなくガードレールの向こう側を走り抜けて行く。真っ暗な空の下、街灯の光に照らされている町は、非常に賑やかに見えた。慣れないヒールの付いた靴にすっかり疲れ切ってしまった足。カツカツコンクリートの上を鳴らしながら、時折転びそうになりながら帰路を辿る。

「あ、先輩?」
「……ん、鯰尾」
「ちょ、先輩!駄目じゃないですか!!」

通り過ぎようとしたコンビニの自動扉がウィンと音を鳴らして開いて、後輩である鯰尾がジャージ姿で出てくる。こんばんわ、そう口を開こうとも思ったが、それよりも彼が慌てだす方が早かった。鯰尾は、私を視界に入れるや否や、青ざめてこっちに駆け寄ってくる。私は彼の行いが理解できずに首を傾げていた。

「先輩も一応女の人なんですから、夜に出歩くのは危険ですよ?!」
「一応ってのは、どういう意味かな?」
「あはは、大丈夫!名前先輩は生物学上、列記とした女性ですよ!!」

何がどう大丈夫なのか、教えてほしいな。引きつる笑顔のまま目の前の彼を見ていると「立ち話もなんですし」と言って自然な動作で手を取られ、近くのベンチへ誘導される。

「先輩一体何していたんですか?」
「うーん、友達と遊んでた帰りかな?」
「……それ、男?」

突然、丸みのある可愛らしい瞳に鋭さが宿った気がした。

「……女の子……だけど?」
「へぇー……。そんなお洒落な格好で、ですか?」

男性のわりには長い艶のある黒髪が、彼が首を傾けるのに合わせてするりと肩から垂れ落ちた。お風呂上りなのか、乾ききっていない髪は一層艶を増し、どこか色気のあるその姿。彼は元来顔が整っているために、それは私の目に妖艶に映って見えた。

「オシャレって……そうでもないと思うけど」

確かにジャージとかじゃないし、恥ずかしくないように多少身なりは整えてはいるが。ミンミンと蝉が騒がしく鳴くような季節である。暑さのせいで多少露出があるから、そう見えるのかもしれないが、そんなこと言ってしまえば今の鯰尾の方がよっぽど……。

「はは、流石先輩、相変わらず自覚なし!!」

盛大に笑った彼に驚いて自然と俯いていた顔を上げると、彼はにっこりと私に微笑みかけて視線を夜空へと移す。それにつられる様に上を見上げた。

今こそ、文化が発展したせいで地上が明るくなり、もう見ることができないが、昔はもっと綺麗な星の数々が暗い空一面に広がっていたそうだ。それを教えてくれたのは、確か鯰尾だった気がする。昔の光景を見たことのある様なその口ぶりに、私は何故か違和感を覚えなかった。後にそれを不思議に思ったのを今でも覚えている。

「本当、心配だなぁ」

夜空に浮かんで見える小さくてわずかな星に魅入られていると、ふと隣から聞こえた儚げに呟かれた弱い音の言葉。それはどこか寂し気で、明るい街に溶けるようにして消えた。

「鯰尾?」
「名前先輩ってさ、危機感ないですよね。今だって……」

ベンチに置かれていた外気に触れる手の上に、突如感じる温もり。視線を手に落とせば私の手にかぶさる大きくて綺麗な手。彼の手に徐々に力が入り、ゆっくりと包まれていくその感覚に思わず目を見開く。

「ほらね?」
「なっ……」

耳元で囁かれた低音に、反射的に顔を上げた先には、鯰尾の整った顔があった。近距離で深い宇宙のような色をした瞳が、妖艶に弧を描く。少しでも動けば触れてしまいそうな唇と唇の距離。怪しい色の瞳が、全てを見透かそうとするように私の目の奥を真っ直ぐ見つめているようだ。

「先輩……俺のこと後輩だからってなめてます?」
「な、なんでそうなんの?」
「だって、今にもキス。されそうなのに逃げないし」
「……それは…」

逃げられるわけないじゃない。余裕そうな笑みが恨めしく見えてくる。まるで逃がさないとでもいう様に強く握られている手。逸らすことを許してくれない真っすぐな瞳。

「嫌なら、逃げてもいいですよ?」

何にも返すことができなかった。彼が呟くと同時、熱い息が顔にかかる。そっと手を握る力が私を試すように離される。しかし、私は動くことが出来ずにいた。どうして逃げないのか、キスされてもいいのか。自問自答の末、その答えに気づいた瞬間、顔に熱が集中していく。

そうか、私。鯰尾になら……。

意識してしまったら最後、早まる鼓動にどうしようもなくなる。至近距離に耐えられず浮かせた腰。それを止めるように、彼は私の肩を抑えた。

「名前先輩」
「なんでしょうか」
「そんな顔されると……俺、自惚れちゃいますよ?」

突然な乱暴な動作に思わず目を見開く。「逃げもしないし、そんなに赤くなられると、いいの名前先輩。俺、期待しちゃいますよ?」そうして彼は、悪戯な笑みを浮かべて私に問いかけた。先ほどの試すような余裕は消えていて、代わりに何かをこらえているような余裕のなさそうな表情の鯰尾に、息が、止まる。

「もう……逃がしてなんか、やりませんから」


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