いつでも君に恋をする | ナノ


 紅葉に願いを

「たーいしょ、帰ろーぜ」
「その呼び方…やめてって何度も……」

机の中にぎゅうぎゅうに詰め込まれている教材を、引っ張り出してはカバンに詰め込む作業を繰り返していたところ。ふと隣に立つ人の気配に気が付いて顔をあげた。顔を上げるとそこには、すでに帰る準備を終えてカバンを持つ薬研が立っていて。相変わらず私の嫌いな呼び方で呼んでくる彼に、私はその笑みの浮かぶ顔を思わず睨んで返した。

軽く身体を弾ませて、肩にかけてある紺色のスクールバックを担ぎなおす彼。すると、お次は約6月ぶりに袖を通した長袖のワイシャツ、その首元の締め付けが気になるのか、白い血の気が通っていないような腕で首のネクタイを緩めている。

「いい加減その呼び名やめようよ。ガキ大将みたいじゃない」
「はは、すまん。どうも癖になっちまっててな」
「癖って……そんな癖になる程呼んでもないでしょうに……」

ほら、行こうぜ。私の返事も待たずに机の上にずっしりと構えていた私のカバンを、片手で軽々持ちあげられる。スタスタと教室の出口に向かって歩いていく背中を、私はむくれながら追いかけた。

久しぶりに離れた位置から見た背中は大きくて、何故か少しだけ距離を感じてしまった。





「…あの、そろそろ荷物自分で持つよ」
「何、これくらい任せな」
「いや。なんか手持無沙汰と言うか……落ち着かないんだよね」

これはこれで楽でありがたいのだが、何も持たず肩の負荷がないとなんだか寂しいというか申し訳ないというか。何か動いていないと落ち着かない、なにか持っていないと落ち着かない、元々そういう性分だからだろうか。舞い落ちた紅葉のせいで、天然の赤い絨毯が敷かれている通学路を足並み揃えて歩く。

「そーか?うーん……そうか。もう主従関係じゃないし、何もかもしてやるわけにもいかないのか。でも……」

顎に手を添えて、はらはら木々から零れ落ちてゆく。赤に染まった地面を睨むようにしてなにやら考え始める薬研。なにか小さな声でぶつくさ言っているようだが、何にも聞こえなかった。しかし、考え込むその訝しそうな顔でも綺麗と思えるのだから不思議だと、呑気にその様子を黙って見つめ続ける。

「……それはそれで寂しいな」

突如目に映った悲しそうなその笑顔。眉を下げて切なく微笑むその顔に何故か、ぐっと胸を絞めつけられる感覚に陥った。どこかで見覚えがある、そんな気がしてならないのだ。

「……大将」
「……どう……した?」

言葉を失くした視線の先には、彼の真剣な瞳の色に吸い込まれそうだ。秋らしい冷気を含んだ風が、彼の綺麗な漆黒の髪を攫うと同時、ブレザーから出ていたネクタイが風に揺れている。

「…やっぱり言うべきか」
「……なに、急に」

なんだかいつもと様子が違う薬研を前に思わずおどけて笑ってみるが、薬研は私に僅かに微笑み返すだけでそれ以外は何も変わらなかった。なんの言葉も返ってこない、数秒なのにまるで永久にも感じられる沈黙に耐えられなくなって、思わずごくりと喉を鳴らす。視界の端でひらりと視界に燃えるような赤い色が舞い落ちる。

「…俺、昔願ったんだ。この色に」
「色ってこの紅葉のこと?」
「そうだ。可笑しいよな。七夕でもないのに」

薬研の手元に、引き寄せられたにして真っすぐ落ちた落ち葉を見見つめる彼の顔は、いつになく大人っぽくて目が離せない。そういえば、彼に身長を越されたのはいつだっけ?何故か低い頃の彼しか思い出せない。背の低いのに、頼もしくて仕方がない彼の姿が脳裏から離れない。


“薬研。ひとつ教えてあげようかー?”
“ん、いいことでもあったのか?”

(薬研の遙か昔の記憶の中で、彼に向かって声を弾ませて歩み寄ってくる女性は、楽しそうに顔をほころばせた。ほら、と言って細い指が差し示す先にあったのは、一本の大きな大樹――)


「まさかホントに叶っちまうなんてさ」

その言葉と同時、切れ長の澄んだ瞳がぐっと近づく。吐息のかかってしまうのではないかと思うぐらいの近距離に、思わず後ずさろうとする私を、腰に回った力強い腕が許さない。


「え?薬研……?」
「……ひとついいこと教えてやろう」
「っちょ……」


(儚く笑ったいつかの女性と同じ顔が、まるで紅葉のように赤く染まっていく。色付いた頬が、驚きで丸くなる目が、とても愛しくてたまらない)

“私ね、紅葉が好きなんだ”




「俺は、ずっとあんたのことが好きだった」

薬研の冷たい手が頬をなぞる。突然の幼馴染の行動に思考が付いていけなくて頭の中は真っ白だ。なのに頬は、身体は、熱を帯びていく一方で、どうしていいかわからない。



(“だから、もし何かあったら紅葉に願い事するといいよ。私がか叶えてあげる”あんたがそう言ったから、目の前からあんたが消えた時、俺は願ったんだ。大将……頼むから……もう一度でいいから。

“俺のそばで笑ってほしい”地面にぽたりと落ちた涙、人の身体を得てから初めて泣くということを知った。地面に色濃く残った塩分濃度の高い雫の跡が、生々しく残る。彼女が指した紅葉の樹に、縋りつくようにして願った日の事。きっとそれは幾年月他党とも忘れない)



「だから、名前 。もう一回叶えてくれよ」
「な……なんでしょうか?」
「俺のものになってほしい」

(本当は、たった一度でいいと思った。
叶ったら、次はそれ以上が欲しいと思うのは欲張りか?)

“貴女とずっと一緒にいたい”


「お前とずっと一緒にいたい」

頬を優しく包んだてのひら、腰に回った逞しい腕に、身を任せるしか術が重いつかない私はただ、不器用に笑って頷いた。引き寄せられるように触れた薬研の頬、それは確かに暖かかった。

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