じぇぬいぬ  | ナノ


人の噂も七十五日というけれど

「わーい!生緒さんだ!烏丸先輩も!こんにちは!」
「こんにちは」
「駿、あい変わらず元気だね」
「うん、元気元気!」

休憩広場の方から元気に駆け寄ってきたのは、14歳にしてA隊員である緑川駿だった。駿の大きな声に、広場にいた人間が何事かと此方に視線が集まり、内心ひやりとする。きっと駿はそんなことを知る由もないだろう。「生緒さんは!元気?!」なんて元来ぱっちりとした大きな瞳をキラキラと輝かせる彼に、周りの目を気にして少し控えめな声で元気元気と頷けば、彼は嬉しそうに顔を綻ばせた。

「駿は今は休憩中?」
「うん、今日はよねやん先輩と試合するんだ。だから先輩まってたとこ」
「そっか、よかったね」

えへへと無邪気に笑う駿に、思わず頭を撫でれば、彼はわずかに頬を赤く染めて気持ち良さそうに目を細めた。毎回私を見つけた瞬間、駆け寄って来ては、キラキラと目を輝かせて私を真っすぐ見つめている彼。その姿を見る度、小型犬を連想してしまうのはきっと私だけじゃないはず。

「生緒さん今日から玉狛って聞いてたから、暫く会えないかと思ってた!」
「ははは、誰かさんのおかげでな、呼び出されたんだよ」

広場には沢山の隊員の姿が見える。その中には見知った顔もちらほらとあった。楽しそうに談笑する隊員達を傍目に、脳裏に浮かぶ迅に恨みを込めて言ってみるが、悲しいことにそれが本人に届くことはない。

「そっかぁ〜!へへ、今日は迅さんにも生緒さんにも会えるしついてるなあ」
「ん、迅に会ったの?」
「うん!迅さんもさっきここ通って行ったんだ!」

嬉しそうに語る駿の瞳が、一段と強く光っている。迅のことになるとこの子はいつもこうだ。駿は、迅を崇拝している。迅ファンクラブができるなら恐らく会長は彼だろう、ってぐらいに迅に懐いているのだ。それも、駿が昔ネイバーに襲われていたところを迅が助けたのがきっかけである。彼からしてみれば迅はヒーロー的存在なのだ。

「生緒さんはどうして本部に?」
「うーん、なんでだろう?」
「わかってないの!?」

なんでかなあ、と首を傾げて考えるそぶりを見せた駿。彼は何故か私にもかなり懐いてくれてるようで、私の前でも子犬へと変身する。ここまで慕ってくれるのはとても嬉しいことではあるのだが、問題が一つだけあって、私にこんなにも懐いてくれている理由に心当たりがないのだ。初めからこんな感じだったのだが、彼がボーダーに入隊してから、一年ぐらい経過した今でも、未だにその理由について知らない。

「そういえば迅さんは、会議に招集されたみたいだよ」
「ほう…会議か…」

その会議が何故開かれたのか、その理由の方は大体見当がついていた。恐らく突然現れ始めたイレギュラーゲートの対策、もしくはC級隊員である三雲くんの処分をどうするかの話合いのためだろう。特に前者の方であれば、優秀なサイドエフェクトを身につけている迅が本部へ呼び出されたのも、納得がいった。

「もしかして生緒さん。もう会議始まってるけど大丈夫?」
「うん、私はそれには呼び出されてないからね」
「そうなんだ!生緒さんじゃあ今暇なの!?」

はて、そこで1つの疑問が浮かぶ。何故私が呼び出される必要があったのか。会議に出るわけでもなく、わざわざ本部に呼び出される理由とは一体なんなのか。まさかあいつ、本当に意味もなく呼びやがったのでは?アイツなら有り得る。わなわなと震え出しそうになる拳を密かに握りしめる。すると、ピョンピョンと跳ね始めたかと思いきや、私の周りをぐるぐると回り始めた駿。私からしてみたらじゃれつく子犬に見えるが、傍から見れば奇妙な儀式に見えそうだ。

「遊んであげたいところだけど、今日は無理かな……」
「えぇー!!」

もうそろそろ会議が終わる、すぐというわけではないが、彼が期待しているであろう手合わせをする時間があるほどの余裕はなさそうだ。そう言えば、彼はわかりやすく口をとがらせて不満そうに眼を伏せた。

「今日は陽介で我慢してね」
「うん、わかった」

子供をあやすように、そっと柔らかい猫毛の頭をポンポンとする。すると彼は大きく頷いた。

「生緒さん、今度稽古つけてよ」
「おう」
「本当!?約束だからね!」
「任せて、存分に遊んであげるから」

やったあああ!!彼のまるで受験に合格したかと思うような盛大な喜び方に、思わず口元に人差し指を置いて静かにと合図をする。すると周りからの視線に流石に気が付いたのか、えへへと言って舌を出した。陽介や出水だったらすかさずチョップしているところであるが、可愛いので許す。立ち話し過ぎてしまっただろうか、広場にある時計をチラリと確認すれば思ったよりも時間が過ぎていることに気づいた。先程の約束がそこまで嬉しかったのか、すっかりご機嫌顔な駿に、じゃあまたねと告げる。広場に笑顔で手を振りながら去っていくのを見送り、自分も踵を返そうと足を引いた。





「あいつが叶生緒?」
「そうそう、泥棒と噂の」
「あの噂、まじなの」

心のどこかで恐れていた、聞きたくなかった言葉がついに聞こえてしまった。鼓動が突然早くなり、ドッドッド、と耳に聞こえるほどの音に、焦燥感が募る。大きな石でも呑み込んでしまったのか疑いたくなるほど胸が重くなり息がしずらい。足がピクリとも動かなくなるってしまう。逃げたいのに、自分の中深くにしまい込んである後ろめたさがそうさせているのかもしれない。動けない私に気づいたのか、とりまるが素早く私を背中で隠すように立ちはだかる。

「……先輩」
「…ん?どした?」

まるで私をかばうようなとりまるの行動にハッとさせられる。そうだ、こんなことで怯えてる場合じゃない、後輩の前で情けない。そうすれば自然と笑顔を顔に貼り付けることができた。いつもの仏頂面のとりまると目が合う。彼は何か言いたそうな顔をしながら、ぎゅっと口を結んだ。

「ほら、動揺してる。やっぱりそうなんだ」
「ええ…まじかよ」
「本部から大事な何か盗んだくせに、よく平然とした顔でいられるよな」

隠してくれていたとりまるの隣に進み、声のする方を真っすぐ見る。高校生ぐらいの2人組の、蔑んだような目と視線がぶつかる。あれから1年も経ったというのに、まだ噂は消えないものなのか。……いや、初めからこうして過ごさなきゃいけないことは覚悟していた。わかりきっていたことじゃないか、あれだけ大きな騒動起こしたんだ、早々けせるものなんかじゃないって。言い聞かせるように、そっと胸に手を当ててみる。しかし、鼓動は相変わらずバクバクと煩い音を立てていて、情けなくって息が零れる。今に始まったことじゃないというのに、未だに慣れず動揺している自分に密かに失笑した。

「…先輩、行きますよ」
「そうだね」

私が返事をするよりも早くに腕を掴まれて、少々速足な彼に引かれる力を頼りに歩く。2人組の方は目もくれず、ただ真っすぐと前を見て足を進めるとりまる。周りから色々な視線が刺さっているような気がするが、それを確認する勇気、今の私は持ち合わせていなかった。私の腕を掴んだ大きな手、目の前を歩く彼ばかりを、ただひたすらに見つめていた。
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