じぇぬいぬ  | ナノ


メガネの青年

学校の屋上から降下して、グラスホッパーと民家の屋根をお借りしながら学校までを全速力で向かう。遠くから見えていた目的地の校舎に辿り着くのにそう時間はかからなかった。屋根から屋根へとを飛び移りながら、校舎の近く、人気のいないところに着地する。もう脅威がいない、それは校舎の外に集まる生徒たちの楽しそうな様子をみれば一目瞭然だった。自身の直感も危険を示す様子がないし安心していいだろう。

「三雲くん助けてくれてありがとう…!」
「三雲〜!お前ボーダー隊員だったのかよ!いいなぁ〜」

そっと頭を覗かせて人だかりの様子を見守る。本来であれば、ボーダー隊員です!と登場するべきなんだろうが、如何せん人見知り故、そんな真似する勇気はない。戦闘隊員の職務はこなすが、目立つことはお断りである。

「たった1人であのネイバーを…すげーよ!」

ありがとう!すごいよ!!そんな歓声が巻き起こっている中、その中心にいる人物、メガネの青年はどこか自信がなく戸惑っている様子だった。

(1人で…?)

はて?あんな子ボーダーにいただろうか?ふと疑問符をうかべる。黒髪に眼鏡をかけた素朴な青年、というのが第一印象の青年。むむむと口元に手を当てて脳みそをフル回転させてみるが、やはり記憶の中に該当する青年はいない。よほど影が薄いかC級か…C級ならば私が知らないのも納得だが、C級が果たしてモールモッド2匹相手に勝利することができるのだろうか。

ふとその隣にいる白髪の青年に目が行く。小さいな彼にどこか違和感を覚える。真紅の色の瞳を食い入るように見つめていれば、その気配に気づかれたのか、彼と視線がかち合った。その赤い瞳の射抜く様な鋭さに心臓が跳ねる。

思わず身構えるが、少年は対して私の存在を気に留める様子もなく、そのまま別のところへと視線を流した。間もなく目の前の生徒たちに誇らしそうに話を始め、修に助けてもらった、修がすごかった、とか話を始める一方で、メガネの青年は一層焦ったような素振りをする。

自分の存在をばらされなくて良かった、密かに安堵の息をこぼす。でもなぜか彼の瞳の色が頭にこびりついて離れない。それはばれてしまったから、だけではないような気がした。胸に残る違和感に首を傾げていると、視界の端で赤い衣装が目に入った。遂に彼らも到着したようだ。

「これは一体どうなっているんだ…」
「嵐山隊、現着しました」

想定外の展開だったのか、きょとんとした様子の嵐山。その隣で、冷静に通信機から本部への報告をしている木虎の姿を見てハッとする。通信機の電源つけ忘れてる、やばい。脳裏に鬼の形相の隊長が過ぎり、粟肌が立った。そんな私を他所に、周りは嵐山隊だ!A級隊員よ!!と嬉しそうな声をあげている。

「生緒も向かってるはずなんだが…」
「生緒先輩がこれを…」

不意に出てきた自分の名前にどきっとする。

「綾辻、生緒はもう到着してるか?」
『連絡は来てないですね、姿がないのではまだ到着してないのでは?』
「うん、いないね」
「そっか、綾辻にも連絡言ってないか……どうやら来てないみたいだな」

やばい、顔を出さないと。そう思った時には反射的に駆け出していた。建物の裏側に回り、屋根の上に上がって嵐山隊が見える位置に来る。今来た風に偽造する作戦だ。嵐山さんが、けが人がいないか確認している中、そっと近くに飛び降りる。流石に屋根の上の私の存在に数名の生徒が気づいているみたいで、下は少しざわついている。やはり大勢の人間の前は苦手だ。

「生緒先輩!」
「やっほ木虎ちゃん」
「嵐山隊、叶と合流しました」

こちらに気づいて近寄ってくる木虎ちゃんと、表情を変えず本部に連絡してくる時枝君。さすがに全員私の存在に気づいたみたいで、誰だ?黒い衣装かっけー、なんて声がちらほらと耳に入る。見ないで見ないで、穴がはあったら入りたい、まさに今そんな気持ちだ。羞恥心で熱くなる頬を誤魔化すために口を開く。

「相変わらず嵐山隊は人気だなあ」
「広報部隊ですからね、それなりには目立ってます」
「とっきー相変わらず冷静だなあ」

相変わらずのポーカーフェイスで言い切った彼。なんでよりによって今回来たのが広報部隊で1番知名度のあり、目立つ嵐山隊だったのかと、己の運を少しばかり恨んだ。

「生緒先輩、遅いです」
「ごめん、全速力でいたんだけど……皆早いなあ」
「どこにいたんですか?」

少し怒ったように眉を顰めて、じっと見つめてくる。この子は時々こんな風に心の中を見透かそうとするかのように、私のことを見つめてくるのだ。悪い気はしないが、見つめられること自体恥ずかしいのに、それが彼女のような美人にされるのだからその気恥しさといったらない。出来れば勘弁いただきたい。

「どこって、今来たとこだよ」
「……ん?」
「どうした、空閑?」
「……いや」

丁度私が発言した言葉に、白い髪の少年が疑問を持ったようにつぶやいた。やばい、見られてたんだった。心の中で彼が余計な事を言わないように願えば、それが届いたのかどうなのか、彼は、そっと口を閉ざした。チラッとそちらを見てみれば、また深紅色の真っすぐな瞳と視線が合う。その瞳には人を射抜けるような鋭さを感じられる。なんだか身体の奥まで覗かれているような気がして、少々気味が悪く思えた。

「先輩1人です?」
「うん、隊長が後から来ると思う」
「え、あ…蒼井先輩が!?」
「そう、蒼井海夜」
「そ、そそそそうですか」

先程の、淡々と質問をしてくる様子とは一転、その名前を聞いた途端、突然取り乱し始めた。そういえば、木虎ちゃんはあいつに懐いていたんだった。数か月前まで隊長が木虎ちゃんと練習をしていたのを思い出す。若干頬を赤らめた彼女を前に、思わず頬が緩んだ。

「なんですか、その顔は……!」
「いや?いやなんでも」
「じゃあ、にやにやしないでください」
「いやあ、師匠と久々に会えてよかったなあと思ってなぁ?」

そういえば、彼女は増々、気を荒立てて、だから!と声を上げた。やっぱり木虎ちゃんはからかい甲斐のある子である。

「そっか生緒は今来たばかりかあ」
「うん、私は倒してないよ」
「そっか……ってことは、これは一体だれがやったんだ?」

穏やかな声色で嵐山さんがそういえば、自然とみんながそちらを向き、少しざわついていた場も静かになる。口には出さないが私は先ほど盗み聞きしていたおかげでその答えがわかっていた。暫くの沈黙が流れた後、俯いていたメガネ君がゆっくりと此方へ歩み寄ってくる。

「C級隊員の三雲修です」

他の隊員を待っていたら間に合わないと思ったので、自分の判断でやりました。そういう彼の目は真っすぐなものだった。その覚悟を決めているような、すわった瞳、見覚えがある。私たちを前に堂々と言い切った彼を見て、木虎ちゃんがC級?と不審がる声をこぼした。彼はほんとにC級だったのか。

「C級かぁ」

ポカンとした様子の嵐山さん。時枝は相変わらずのポーカーフェイスだったが…そんな驚いた様子を見せる中、私は嬉しくて思わず声を漏らした。C級なのに許可なく外で戦闘した人間を2人、私は知っているからだ。しかし、自分が悪いことをしたという認識はあるようで俯いたメガネ君。訓練生であるC級が外部でトリガーを使うことは隊務規定違反である。そのことを承知の上での行動だったのだろう。それでも彼はトリガーを使ったのだ、ここにいる人々を守るために。

何かを守るために違反をしてまで、トリガーを抜いたことのある人間を私は知っている。この子もあの日の双子と同じ覚悟で成し遂げたのだとしたら、それが罰せられるなんて絶対いやだ。出来れば彼が罰されるのは阻止したい。でも嵐山さんなら……。

「そうだったのかあ!よくやってくれた!」
「え」

俯いているメガネ君の肩を叩いた嵐山先輩。その様子に嵐山さんも私と同意見なのだと確信して肩を撫で下ろす。嵐山さんを前に眼鏡の彼は困惑した様子で彼の顔を見ていた。
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