じぇぬいぬ  | ナノ


耳をつんざく音

「そういえば雪はその話だれから?」
「えっと、今週の仕事内容、隊長に渡そうと思って…そしたら隊長と三輪君が話しててそれで…」
「それ聞いて慌てて戻ってきたってわけか」

出水出水と嘆いている陽介を無視して話を進めようとしたら、突如彼はむくっと立ち上がり自然と話に入ってくる、本当切り替えが早い。

「なるほど……。ってことは今手に持ってるその書類、もしかして」

一方で雪は手元にあるファイルに目を落とし、元々大きな丸い瞳がみるみる大きく開かれていく。

「……渡さずに来ちゃったか」
「そうみたいだね」
「ごめんなさいごめんなさい!今渡してくる!!」
「えっちょま…」

顔を真っ青にしたうちのオペレーターは、私の制止の声を聞く間もなく教室の扉を飛び出してしまった。それを見て唖然とする。隣にいた陽介はあららと他人事のように声も漏らした。

「行っちゃったな……」
「放課後会うんだから、別に今渡しに行かなくてもいいのに」

どうしてあの子は、頭も良くて判断力もあるというのに、こうも簡単にテンパってしまうのだろう。机に頬杖をしながら考えてみる。この前だって掃除の時間、陽介と出水が箒でチャンバラごっこをしていた時のことだった。誤って弾かれたほうきが私の頭にぶつかってしまったことがあったが、その時も彼は顔面蒼白でちりとりを掲げたまま、保健室へと走って行ってしまった。その時といい今日といい、彼は心配性をこじらせてしまっているのかもしれない。これは今後に向けて何とかしていかなければいけないなあ、なんて呑気に考えていた。

「ん、今日から隊長と生緒別々だろ?」
「あれ、そうなの?」
「そうなのって……自分の隊のことだろ」

陽介がやれやれと大げさに首を振る。私が所属している蒼井隊は少し特殊で、どこの派閥にも支部にも所属をしていない。大体城戸派だとか忍田派とか玉狛派とかがどこかに所属しているのだが、私たちの隊はどこにも所属していないのだ。でもそういう隊は他にもいる。影浦隊とか加古隊なんかがそうだ。その中でも私たちが特殊と言われる所以は、一定の期間ごとにどこかに派遣される仕組みにあるだろう。

「今週の蒼井隊は隊長と双子が本部で、お前と白石がー…えっとどこだっけ」
「その来週のサザ〇さんみたいな言い方」
「……狙ってないからね?俺」
「私は今日は玉狛だねえ」

玉狛に行くの久しぶりだなあ…陽太郎元気かなあ…小南そういえば最近会ってないけど相変わらず好き勝手やってるんだろうか。あれ?無視これ?なんて言っている陽介をスルーして、玉狛に行けば会えるであろう顔を一人ずつ思い浮かべていく。そうすれば放課後の面倒なお仕事も、自然と楽しみになってくる。

「なあに、にやにやしてんだよ」
「いやあ楽しみだなって」
「生緒と小南、仲いいしなあ」
「へへへ」
「悪友っつーかなんつうか…」

今の嬉しくない台詞は聞こえなかったことにしておこう。教室の前方の入り口から、雪がうちの隊長と共に教室に入ってきているのが見える。まだ先程の小さなミスを悔いているのか、若干俯き気味の雪の背中をポンポンと叩いた後に、踵を返したところをみるに、恐らく見送りに来たんだろう。まるで保護者みたいだ。

「でもよく陽介が知ってたね?うちの3人が今日から本部なこと」
「そりゃまあ、蒼井隊のメンバーがいると楽しいからなあ、派遣日確認しちまうんだよなあ」
「ほう、そりゃ嬉しいね」
「双子に絡まれている秀次の顔と来たら……」

すると一人で何かを思い出したかのようにくつくつと笑いだす。それを見て何となく何が起きたのか察することができた。三輪君ご愁傷様である。

「まあしばらく会ってなかったし、そろそろ来るだろうなって想像できてたしな、分裂してたのは予想外だったけど」
「あーそうだったね」

ふと、自分の席の隣、主人のいない机に視線を向ける。流石出水といったところか、その机の中からはぎっしり押し込められている教科書やノートが収まりきらずちらりと見えていた。こいつにも前、似たようなことを言われて、私が来ることを当てられたことがあったな。

「おかげで最近の秀次の機嫌が悪いのなんの」
「悪いのは元々な気もするけど……なに、双子なにしたの」

そんなに行く前から三輪君の機嫌を左右するぐらいにあいつらの影響力すごいのか。

「そうそう、この前な――」

その瞬間、突然の出来事だった。電流が頭に流れる。幾度となく経験してきて、身体に植え付けられているその嫌な予兆に、間髪入れず廊下の方を振り向く。

「ん?どした」
「くる」

立ち上がり、机をくっつけてお弁当を広げ始める同級生たちの後ろを歩いて廊下に向かう。その方向は、さっきまで机に座って見つめていた基地の真反対。気のせいだろうか、基地の反対側は警戒区域外、つまり市街地、人が暮らしている地域だ。そんなところでゲートが開くなんて…いや、気のせいなんてあるわけない。

「生緒、どうしたんだよ」

後ろから不思議そうについてくる陽介を気にせず、廊下にある窓に視線を集中させる。青空と建物が見える日常の景色の中に、不似合いの怪しく渦巻く黒い何かが見えた。その時、ウーウーと危機感をあおるような重低音が鳴り響き出す。

「あれ…ゲートかよ……」
「あの建物…まさか……」
「おいおい嘘だろ…」

私につられて廊下へ出てきた陽介も、窓の向こう、遠くの方に見えるゲートに気がついたのか、唖然としながら、それが渦巻く様を呆然と見つめている。次の瞬間、校舎に無数に取り付けられているスピーカー、校舎の外にある町中のスピーカ、あちこちから聞きなれてた警報の音が鳴り響く。穏やかなお昼休みの空気が一転して、ざわざわとし出す人々。

“緊急警報、緊急警報。ゲートが市街地に発生します”

“市民の皆様は直ちに避難してください”

あっという間に肥大化していたゲートは、誰でもすぐに気づけるほどの大きさになっていて、それを目にした人たちの悲鳴に似たような声が廊下のあちこちで聞こえる。

「あれ中学校の場所だよね」

「どうしよう…妹が…妹があそこに……」

隣で女子生徒が話している会話がふと耳に入ってくる。そちらを見れば今にも泣きだしそうに歪んだ顔で、窓の外を見つめている女子生徒が目に入った。

やっぱりあそこは学校だったんだ。AやB級のボーダー隊員がいる学校だどいいけど、あそこに見覚えがない。たぶん……いない。

「生緒、俺秀次んとこいってくるわ」
「うん」

同じく女子生徒の会話が聞こえていたのか、くそっと小さく悪態をついて廊下を駆けだす陽介は、珍しく焦っている様子だった。それもそうだ、こんなお昼の学生たちが学校にいる時間、あんな真近くでゲートが開いたら、たまったもんじゃない。人が多くいる場所で、ボーダー隊員が近くにいる可能性が低い場所で、ゲートが開けば犠牲者が出る可能性が高い。今まさにそういう状況だ。妹がいる、そう言った彼女は、隣の友人にすがりつきながら涙をこらている。その姿は、ひたすらに妹の無事を祈っているようにも見えた。

陽介も今すぐ駆け出したい気持ちで、だけど単独行動はよろしくない。ぐっとこらえて陽介の隊長である三輪の元へ向かったんだろう。

「生緒!!」
「海夜!」

ふと聞きなれた声が廊下の向こうから聞え、声を発したであろう人物の姿を人混みの中から探す。廊下はいつの間にかゲートを見に来た野次馬で溢れかえっていた。中には唖然とする者、恐怖で怯える者、様々な反応を見せる人々の中、ようやく探していた人を見つけた。生徒たちの間を勢いよく駆けてくるのは、隣のクラスの蒼井海夜。私が所属する蒼井隊の隊長だ。

「いま嵐山隊が向かってる!」
「到着時間は」
「そんな早くは無理だ」
「都合よく近くにいたりしないか」

走りながらこっちに駆けてきた彼は私を追い越して真っすぐに階段目掛けて走っていく。来い!!力強いその声につられて駆け出した。わずか前を走る彼は上り階段を2段程、軽快に飛ばしながら駆け上ってゆく。階段の場所からも、廊下に響く警報がけたたましく鳴り響いているのが聞こえた。

「恐らく現場にはモールモッド2体。本部から許可は取ってある」
「よりによってあぶねえやつきてんじゃん」
「そうだ、今白石が双子に連絡を取ってくれてるが連絡がつかない。今動けるのは生緒だけになるが……」

屋上へと続いている鼠色の重たい扉を、勢い良く押し開ける。さすがに12月の外は制服だけで来るもんじゃないわ。強い冷風が、扉から校舎へ流れ込む。風を全身で受け、その肌を刺すような冷たさに、思わずぶるりと身をふるわせた。

「いけるか」

真っすぐな目でこちらを見つめる隊長。その目は少々心配そうに見えて、思わずふっと笑いが零れてしまう。大げさなんだよなあうちの隊長は。前を開けてある学ランが風のせいでバタバタと揺れている。そんな隊長に向かって、得意げに笑って見せる。

「もちろん」

ボーダーのトリガーを起動させれば、隊服の黒く長めな衣装が風のせいで忙しなく揺れた。じゃあいってくるわ、そう言って上空に向かってグラスホッパーを発動する。

「まかせたぞ」
「おうよ」

グラスホッパーを踏んで空高く飛び上がる。障害物がなくなり、よりはっきりとゲートと校舎の様子が見える。視界の遠くに映る校舎の窓に、張り付く大きな何かが見えた。
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