じぇぬいぬ  | ナノ


今更気づいても遅いのです

栞や三雲君たちが団らんとして机の上のどら焼きを頬張りながら談笑を繰り広げている。その机から少し離れたところで、ぷんぷんと可愛らしい効果音が付きそうなほどご立腹の雪を前に、床で正座している私。そんな雪と私は、ほのぼのとしたこの空間では、明らかに異様な存在であった。

「どういうことか、ちゃんと説明してくれる?」
「えっとですね……」

どういうことか、なんてざっくり言われましても、説明下手な私は困ってしまう。正座している膝の上に大人しく両手をそろえて、思考をグルグル巡らせて考えようとする。どうすれば全てが上手く伝えられるかだろうと。しかし、それよりも先に思って仕方ないことがあるのだ。

「どら焼き……食べたい」
「ちゃんと言うまで生緒ちゃんのはお預けだからね!」
「ひえぇ……」

あそこのどら焼き、めちゃくちゃおいしいんだよなあ、満足そうに頬張る白頭を恨めしく睨みつける。そもそも、お前が敵なのか味方なのか、紛らわしいから私がこんな目になっているんだぞ。呑気にどら焼きなんて食っているんじゃない。私に寄越せ。

「それにしても雪くん」
「なに」
「人見知り、治った?」

突然の私の言葉に、元々大きな瞳を丸々とさせて、ポカンとした表情を浮かべる雪。彼が先ほど遊真たちを案内していたことに、内心とても驚いているのだ。念のため弁明しておくが、話を逸らしてあわよくば説教から逃れようなんて考えていない。初めは人辺りが良い栞ちゃんや、初対面相手には大人しいとりまる相手でさえも、言葉を紡げないほどの人見知りを発揮していた雪くん。それが今や、自ら話しかけるどころか、案内を名乗り出るとは。

「別にそういうわけじゃないけど……」
「へぇそっかそっか」

少し恥ずかしそうに眉を下げながら目を反らす彼。その姿についにんまりと笑う。半ば無理やりこちらの世界に引き込んでしまった節があったから、心配していたのだけど、ボーダーでの生活は、彼にとって良い影響もあるようだ。それがなんだか嬉しかった。

「そんなことよりも生緒ちゃんのこと教えて!」
「そうだなあ……まず昨日の夜ね……」

彼のおかげでほっこりしたせいか、頭がよく回る。私たちが玉狛支部に突然派遣されたこと、そこで昨日、迅から目的を聞き出そうとしたこと、そこから駅で起きた戦闘のこと、本部でのやりとり、これから起きるであろうブラックトリガー強奪事件のこと、全てを洗いざらい話す。その間、私の前で仁王立ちしていた雪が、だんだん話にのめり込んでいくにつれて近づいてきて、気が付けば私と同じように正座をしてうんうんと相槌を打っているものだから、途中面白くて笑いそうになった。やはりこの子に説教は似合わないらしい。





「うちの防衛隊員は迅さん以外に3人しかいないけど、みんなA級レベルのできる人だよ!」

玉狛は少数精鋭の実力派集団なのだ。メガネをずいっと持ち上げて決めて見せた栞は誇らしそうに語る。それを同じくソファに座りながら聞いている3人の瞳は、そんな栞へしっかり向けられていた。

「今はみんな出払っちゃっているから、会わせてあげられないんだけどね」
「んー、じゃあやっぱり生緒は玉狛じゃないのか」
「生緒はね〜、ちょっと特殊なの」
「ほう」

純粋な疑問を抱いているように首を傾けた遊真に、栞は少しだけ困ったようにして微笑んだ。何も知らない彼らに説明するにはどうしても形容しがたいものがあるのだ。そんな栞を見て、三雲は彼女と出会った当初、迅が言っていた言葉を思い出す。

「たしか叶さんは色々なところを回っているんですよね」
「お、良く知ってるね!」

三雲の助け舟に、栞は先ほどのように表情を明るくする。

「生緒は訳あって色々な支部に派遣されている隊に所属してるんだよ」
「ふむ、人気者なのか」
「うんうん、そんなところ!」

人気者であるから色々なところを回っているわけではない、しかし、生緒が色々な人から好かれていることを栞は知っていたのだ。「あの子は可愛い上にすごい強いからね!」そう言って自信満々に胸を張って見せた栞に、玉狛の人というわけでもないのに、どうしてそこまで自分のことのように誇らしそうなんだろうと3人は密かに疑問を持った。彼らは栞と生緒が風間隊で元チームメイトであったことをまだ知らない、当然の反応である。しかし、生緒のこととなるとつい自分のことのように自慢してしまうのが、最早当たり前になっていた栞もまた、彼らが疑問符を浮かべていることに気が付けなかったのだ。

「今は玉狛支部に、生緒と雪くんの2人が派遣されてるんだよ」
「ほう、ということはあの人が“ゆきくん”か」

そうして遊真がどら焼きを片手に、生緒の話を食い入るように聞いている青年を指差す。その幼い指の先にいる雪の姿は最初、彼女の腕を引っ張って端の方に正座させたときの様子とは大きく変化していた。

「そうそう、白石雪くんね」
「あの人も強いのか」
「あの子は防衛隊員じゃないんだ」

真っすぐにおしゃべりする2人を見つめている遊真、その視線はどこか興味津々といったように見えて、三雲は微かに頬を緩めた。彼女に対する遊真の対応はどこか馴れ馴れしいというか、荒っぽいというか……。他の人とは明らかに違った対応に困惑していたのだが、どうやら悪い意味ではなかったようだ。迅の言葉を思い出しては、密かに彼女と遊真の関係を危惧していた三雲であったが、それもいらぬ心配だったようだと肩の力を抜いた。





「と、いうわけです」
「なるほど……」

向こうが何やらしみじみと話している間にこちらも一通り説明し終わる。栞がまさか自分達の話をしているとも知らずに、全て話し終えて満足していた。しかし目の前の雪は聞いて満足、とかいかなさそうで、顔を引きつらせながら私を見つめていて、その手は今にも震えだしそうである。

「ってことは、そ、そのネイバーって……」
「うん、あそこにいる白髪の男の子だよ」
「え……!」

平然と答えれば、驚いたように目を見開き、顔を青ざめる雪。その口は鯉のようにパクパクとさせて絶句している。それもそうだ、先程自分が案内して招き入れた人間が、実はついこの間自分が震えるほど恐れていた未知のネイバーだなんて。だれも予想できるわけない。ただでさえ、この子はビビりなのだから、その衝撃はきっと私が思うよりはるかに大きいのだろう。

「男の子の方なんだ……」

男の子の方、その言葉に若干の疑問を抱く。しかし、その理由を問う間もなく、顔からすっかり血の気を失ってしまった雪が、だんだん状況を理解してきたのか、フルフルと震え始める。

「ね……ねねねネイバーがっ、がが近くにっ」
「大丈夫!遊真はいい子だよ」

雪の曲がってしまった頼りのない背中をさすりながら「めっちゃくちゃ生意気だけど」我慢できずにそう零す。

「まあ、小さい金太みたいな感じだから大丈夫」
「なるほど……それなら多少親しみやすい……のかな?」

未だに、信じきれない部分があるのか、彼はチラチラと遊真の方へしきりに視線を送っている。それよりも、私としてはそう遠くないうちに来るであろう本部からの刺客たちをどうするかについて話しておきたい。恐らくその中には、今本部にいる私たちの……

「よう3人とも」

いつの間にかどこかに姿をくらましていた迅が、ここでようやく姿を現す。その視線は三雲君たちに向けられていて、その様子に今度こそ私たちは関係ないものだと高をくくった。

「親御さんに連絡して、今日はうちに泊まっていけ」
「なるほど、ここ広いもんね」
「そう、本部の追っ手も来ないだろうしな」

その言葉に少し複雑な心境になる。例えここであろうとそのうち来るんだろうけどな。面倒臭いことになるから言わないでおくが、雪も何となくそのことは察しがついているようで、その細い喉がごくりと上下に動くのが横目に見えた。

「宇佐美と雪、面倒みてやってくれ」
「了解」
「はい!」

慌てて返事をした雪の耳にそっと口を寄せる。

「雪、今日お泊り大丈夫なの」
「うん、元々泊まらせてもらう気でいたから」
「え?!」

その言葉に目を丸くする。いつも実家通いの雪は、あまり誘っても渋々断って帰ってしまうことが多い。そんな彼が、自分から進んで、ましてや慣れていない玉狛支部に泊まりたいと言い出すなんて。どういう風の吹き回しかと彼の顔をみつめていると、彼はぷいと拗ねたように顔を背ける。

「だって生緒ちゃん勝手にどっか行くから……」

心配したんだから。その横顔から見える澄んだ色の瞳は、若干潤んでいるように見えた。ぐうの音も出ずに黙ってしまえば、くすり、雪が突然小さく笑いを零す。

「それに今“こちら側”には2人しかいないしね」
「そうだね」
「こういうとき傍にいた方がいいもんね」

こちら側、それがゲートを挟んでこちら側の玄界を示しているのか、本部と玉狛を示しているのかは、わからなかったが、蒼井隊の中で3人と2人に分かれているこちら側、ということだけははっきりとわかった。無垢な笑顔をみせた雪に思わず私も口角を上げる。

「遊真、メガネ君、来てくれ。うちのボスが会いたいって」

生緒も来い。そう言って微笑む迅に、とほほと乾いた笑いを零した。どうしてこうも、今日という日は呼び出されることが多いのだろうか。疲れて立ち上がることない私を、有無を言わせずに立ち上がらせようと腕を引いてくる迅。今日は間違いなく厄日であると確信した。
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