じぇぬいぬ  | ナノ


欲張りですが何か

ジジジ、突然耳に入ってくる電子音。それは耳元にある通信機から発されている音のようだ。何事だと思い耳に神経を集中させれば、息切れしているのか、人間のぜぇはあと荒い息遣いが聞こえた。

『生緒ちゃん!生緒ちゃん!?』

慌てたような聞きなれた声に首を傾げる。

「雪、どうしたの?」
『ど、どどどうしたのじゃないよ!突然いなくなってどこ行ってるの?』
「いまねー」

呑気に周りをぐるりと見渡しながら目印を探す。ここの駅の名前何だったっけなあ、確か弓が付いていたのは覚えているのだが……あ、あったあった。ホームの上部に取り付けられている看板をゆっくり読み上げていく。

「弓手町駅、にいるよ」
『なんで!?』
「へへ、ちょっと気になることがあって」

間髪入れず次の質問が飛んでくるので、思わず「焦ってるねー」と言ってしまえば、「当たり前だよ!」とすぐ怒り口調で回答が返ってくる。その後も、けがは!?とか誰いるの!?とか焦りの色全開で質問攻めを始める我らのナレーター白石雪に、適当に答えながら周りの様子を見渡す。三雲君の隣にいる小さな少女に、迅が可愛いねえと声をかけている。私から見れば質の悪いおっさんのナンパである。一方三雲君はその後ろの奈良坂、古寺が気になるようで、そのとなりの黒い兎のような浮遊物に話しかけている。私としてはその浮遊物の方がはるかに気になるわけだが。

『どっか行くなら声かけてよね!』
「玉狛支部の机に置手紙残したじゃーん」
『へ、置手紙……?』

待ってて、その言葉だけ残してバタバタと走る音が遠くなっていく。手紙を探しに行ったんだろうな。とはいっても一枚しか残してないので、住み込んでいるレイジさんや小南が先に見つけてどこかにやれば、通う側で到着が遅い雪の目に触れることはないわけだが。

「あの後ろの2人は三輪隊の……?」
「スナイパーだ、私が対処するつもりだったが」

迅とそこの娘のおかげで戦わずに済んだ。レプリカ先生と呼ばれる浮遊物体がそう喋る。あれ、バレてる。密かに冷や汗をかきながらこちらを勢いよく振り向く三雲君の視線を、強引に交わして視線を彷徨わせる。逸らした視線の先で、迅が白髪に向かって結構やられてんなーとか呑気に話しかけている中、古寺がドン引きした面持ちで米屋に歩み寄っていくのが見えた。

「派手にやられましたね先輩……」
「やーばい、これ超はずかしい」

ぎりぎり鉛の無く動かせる左腕で、恥ずかしそうに自身の顔を覆う米屋を見て良いことを思いつく。換装を解いてアウターに入っているスマホを取り出し、迷うことなくカメラアプリを起動して、そのレンズを米屋に向ける。アナウンスも電車の音もない私たちの話し声だけが聞こえる駅に、パシャリ、軽快な音が響いた。

「良い素材ゲット」
「おい生緒、お前今何した?」
「写真撮ってる」
「馬鹿野郎!消せ!」

再度トリガーを起動する。

「消したかったら力ずくで奪ってね」

語尾にハートが付いてそうな我ながらぶりっ子の如く言葉を吐いてみる。迅もいるしもう大丈夫だと思うが念には念を、用心しておくに越したことはないのでトリガーを起動してふわふわと撒き始める。米屋が覚えておけよと引きつった笑みを浮かべて見上げてくるので、にっこりと大きく頷いた。言われずとも、こんな面白い写真、忘れたくても忘れられるわけがない。

『ちょっと生緒ちゃん!』
「んー」
『手紙なんてないよ!?』
「あれおかしいなあ、確かに置いたよー」

他の誰かが読んでどこかにやったのかもしれないけど。余計なことは言わずにしらばっくれる。すると線路の上をジャリ、と音を立てながら歩き出した迅が、ゆっくり話始める。

「お前らがやられるのも無理ないよ。なにしろこいつのトリガーは黒トリガーだからな」

白髪頭をポンポンしながら平然とした顔で言ってのける。その言葉に、全ての音が遠くなっていくような気がした。通信機越しにぴいぴいと喚いていた雪も、こちらの会話が聞こえたのか『ブラックトリガー……へ……?』なんて気の抜けた声をもらしていた。あのバカげた高性能、もしかしたらなんて思ったけど……。彼らも驚いたのか、目を丸くしている三輪君に、隣にいる陽介はまじでと呟いた。三雲君に関してはブラックトリガーが何のことかわからないのかポカンとしている。

ブラックトリガー、それは自身の持つすべてのトリガーと、自らの命を注ぎ込んで作られる特別なトリガー、レプリカ先生とやらがそう解説している。

『まさか、生緒ちゃん……』
「うん、この前教室で話してた未知のトリガー使い。近くにいるよ」

ひゅっと雪の喉が聞いたこともない音を立てる。

「大丈夫だよ、迅も三輪隊もいるし、向こうも戦意無いから」

言うてもそのうちこちらの戦力の2名は戦闘不能なのではあるが。出来るだけ落ち着かせてあげられるように、頑張って慣れない優しい声を意識して言ってみる。何かを察したのか黙り込む雪。ゴクリと固唾を呑み込む音が聞こえた。

「こいつを追い回しても何の得もない、お前らは城戸さんにそう伝えろ」
「……、そのネイバーが街を襲うネイバーの仲間じゃないっていう保証は?」
「俺が保証するよ、クビでも全財産でもかけてやる」

奈良坂を真っすぐ見据える迅の表情は何時に無く真剣で、肌に刺さるような鋭さを感じれた。それは通信機の向こうにも届いたのか、迅さんがそこまで、と雪が呟いた。少し驚いたような、信じられがたいといったような雪の声には、はっきりとした困惑の色が見えた。

「何の得もない……?損か得かなど関係ない!!」

しかしその言葉に反応したのは奈良坂ではなく、三輪だった。彼からにじみ出るようなひどい殺気、私は三輪君のこれが苦手である。

「ネイバーは全て敵だ!!!」

ベイルアウト!!怒気に満ち溢れた叫び声が木霊する。それがなぜかひどく寂しい叫び声に聞こえて、私の頭に色濃く記憶された。

「うお、飛んだ」

その一方で呑気に三輪君が飛んでいた方を見上げている白髪頭に、思わず小さく笑いが零れる。戦闘中あんな目をするというのに、こうして好奇心旺盛なところは全くお子様らしい。迅がベイルアウトの説明をしているのを、ほうほうと相槌を打ちながら便利であると感心している様子の白髪頭を眺めていると、隣からキィイイン、嫌な音がして恐る恐る振り向く。隣に寝っ転がってた陽介がベイルアウトもせず、トリガーを解いて学ラン姿になっていて心臓が大きく跳ねあがる。

「あー負けた負けた!しかも手加減されてたとかもー!」
「陽介、あんたガキか」
「そのうえ生緒にさり気なく守られてるのもなんか嫌だ!」

その言葉に思わず肩が跳ねる。いざという時のために撒いておいた弾、その目的に気づかれていたようだ。チラリと恨めしそうに視線を向けてくる彼に、どんな表情をしていいかわからないまま視線を合わせれば、彼は穏やかに微笑んでから、ごろんとホームに寝転んだ。

「さあ好きにしろ!殺そうとしたんだ殺されても文句は言えねー」
「……陽介」

地を這う程に低い声を絞り出す。確かに陽介の言っていることは正しいが、わざわざ自らそんなこと言って相手を挑発するだなんて、アホすぎる。諦めているかのように横たわる頭に向かって思わず馬鹿!と怒鳴りつつも、白髪の少年を見据えて自分のブラックトリガーに手をかける。しかし、少年の様子を見てその必要がないとすぐに気が付いた。

「べつにいいよ、あんたじゃたぶん俺は殺せないし」
「まじか!それはそれでショック!」
「当たり前でしょ、雑魚」
「お前な、オブラートに包もうぜもう少し」

その声に頬を膨らませたまま顔を背ける。残念ながらあんな馬鹿な真似をする奴に用意してやるオブラートなど持ち合わせていないのである。先ほどのねだるさはどこへいったのか、陽介は元気よく跳ねるように起き上がる。本当に奴は切り替えが早いんだから、睨みつけながら小声で嫌味を吐いた。

「まあまあ、じゃあ、今度は仕事カンケーなしで勝負しよーぜ!サシで!」
「ふむ、あんたはネイバー嫌いじゃないの?」
「俺はネイバーの被害受けてねーもん、正直別に恨みとかはないね」

そう言って歩き始める米屋が、ふと振り返って私を手招く。少し胸に残るもやもやを抱きつつも屈託なく笑った後ろ姿にくっついていく。でも……そう言って陽介は、迅から説得を受けているのか何かを話している奈良坂たちの方に視線を向けた。

「あっちの2人はネイバーに家壊されてるから、そこそこ恨みはあるだろうし」
「さっき飛んでった三輪君は特に……」

言葉が詰まる。あちらから来たものすべてがネイバーという言葉で括られているこの世界で、当人の前でこれを言ってしまうのは、お前が悪いって言うようなもののような気がしてしまったのだ。考え過ぎなことはわかっているが、それでも気になってしまう。思わず目を伏せてしまえば、陽介が私の肩を励ますように優しく叩く。

「秀次は姉さんをネイバーに殺されてるから、一生ネイバーをゆるさねーだろーな」
「……なるほどね」

陽介が代弁をしてくれた。悲しむのではないかと不安視する私を他所に、その言葉を聞いた白髪の少年は、大して動揺することもなく視線を横に流すだけだった。

「陽介、引き上げるぞ」
「おーう!生緒も……って、お前今玉狛だもんな」
「だなあ」
「思いっきり一緒に仕事してる気でいたわー」

私の背をあやしていた手が離れたと思った瞬間、無造作に私の頭を大きな手が乱暴にわしゃわしゃと撫でる。まるで台風の中にいたように乱れていく髪に、慌ててその手を振り払う。

「ちょっと!?」
「ありがとな」
「馬鹿、もっとましなお礼の仕方してよ!」

髪を戻しながら、手をひらひらと振りながら駆けていくその後姿を思いっきり睨み付ける。無防備な背中にバイパー打って気絶させてやろうか、とも思ったのだが何とか堪える。

「じゃあな!次は手加減なしでよろしく」

振り返った陽介の顔はどこか満足そうにも見えて、なんだか呆れてため息が零れてしまった。そういえば未知のトリガーと、戦いてぇなあ、とか言ってたっけあの人。その願いが叶った挙句、ちゃっかり次の約束までしちゃって、本当に討伐の名目できたのか疑わしい気がしてきた。白髪の子を助けはするが、三輪隊も守りたい、そんな私は欲張りだと思っていたが、上には上がいたらしい。なんとなく隣へ視線を向けると、いつかみたいにこちらを窺う赤い瞳と視線が交わった。

「お前……」
「叶生緒」
「なるほど、ここで自己紹介か」

空閑遊真だ。にやりと悪戯っぽく微笑むその顔はどこか悪ガキのように私の目に映った。ほぼ同時のタイミングでトリガーをオフにする。普段着に戻っていく少年と自分の姿を見て、終わったんだなあ、と改めて実感し肩の力を抜いた。

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