じぇぬいぬ  | ナノ


いつもの場所で待ってる

迅悠一に叶生緒という人物を紹介されたあの日から、三雲修はずっと考えていた。その時から彼は彼女に対して違和感を覚えていた。「何かあったら頼るといい、必ず“君たち”の力になってくれるはずだ」そう堂々と言い放った迅が嘘を言っていない、ということは彼も察してはいた。しかし、何の接点もない、A級相当の実力のある人物が、自分たちの味方になる理由がわからなかったのだ。さらに言えば、迅は“君たち”という言葉を使った。その台詞の意味も未だに分からない。彼女本人も迅の言葉にピンと来ていないような、戸惑っていたような様子であったし、悪い人だと思うわけではないがこちらの味方をしてくれるようには見えない。数日、うんうんと唸りながら、布団の中で考えてみるのであるが、その答えが見つかるどころか、答えに近づくことすらなかったのだった。そして、それは彼女も同じであった。


“いつもの場所で待ってる”


たった一言、送られてきたメッセージ。やっぱりこうなるか、彼女はいつも予想の斜め上をいく行動をしてくれる。可能性の低い未来を、いつも平然と選んでくれるのだ。しかし、長年の付き合いのおかげか、それも随分と慣れてしまった。彼女がどう動くか、だんだん見当がついてきた今日この頃、取りあえずは順調だ、と暗闇の街の中で1人青年はほくそ笑むのであった。





「ふふふ」

我ながら、完璧な作戦である。どうだ、迅め、いつまでも貴様の手のひらの上で躍らされ続けている子供だとは思うなよ。驚き目を瞬かせる奴の姿が目に浮かぶようで、思わず笑いが零れてしまう。一言、「いつもの場所で待っている」それは一見言葉足らずにも見えるメッセージだが、彼ならば必ずこの場所に来てくれる。私が今見下ろしている、住宅街の中にある公園、ここに必ず来てくれると確信していた。今はもう警戒区域となってしまっているせいで昔みたいに子供がはしゃぐことはなくなってしまった、遊具も色褪せてしまった廃れた公園である。

「ゆ…ゆういち、まって……!」
「ほら、生緒。おいで」

公園の入り口で、震える手でスカートの端を握りしめていた。大勢の子供たちに尻込みしてしまい、足を踏み出すことができない私は、先を行く少年を泣きそうになりながら呼び止める。そうすれば、彼は私に優しく笑いかけて、その幼い手のひらを大きく広げて、私に差し出した……そんな記憶が蘇る。もうずっと昔のことだというのに、まるで昨日の出来事のようにはっきりと覚えているものだから、自分でも少し驚いた。

そんなことに思いふけていたその時、警戒区域の中、一般人がいるはずのない夜の公園に、1人の人物が現れる。

「お?なんだ一番乗りか?」

どこか嬉しそうな口調で公園をきょろきょろと見渡しているその姿を高いところから見下ろす。高い屋根の上にいる私に気が付いていないのか、それとも私がいることを分かった上でわざと言っているのか、よくわからない。

「迅」
「なんだ、そんなところにいたのか」

名を呼んでみると、迅はこちらを振り向く。私を見つけて呑気に微笑んでいる迅に、薄く笑い返してその近くへ飛び降りる。数メートルある位置から飛び降りて、公園の地面へとスタッと降りるが、トリオン体のため痛みは感じない。

「お前から呼び出してくるなんて珍しいな」
「そう?」
「今まであったか?」
「いや、ないね」
「だろ?」

迅は相変わらず気の抜けた表情でからからと笑っている。真っ暗な夜の公園は、とても静かで、すみっこにポツンと設置されている街灯が公園を照らしている。

「しかし、懐かしいなあ」
「そうだね、何時ぶりだろう」

迅が懐かしそうにブランコに手をかけた。その手によって揺らされた鎖はギィギィ鈍い音を立てて揺れる。あの頃と比べて、その鎖はひどく錆びてしまってる。そんなこともお構いなしに、彼は鎖を握ったまま塗装のはげたブランコに腰かける。

「よく遊びに来てたなあ」
「迅が小さい頃ね」
「お前だって小さかっただろ」

ブランコの上に座っている迅の身体は、子供用ブランコには似合わなくって、少々窮屈そうだった。こんくらいか?手のひらを地に向けてあの頃の私の大きさを表現する。

「そんなに小さくないんだけど?」
「いやいや、これぐらいだった絶対」
「いやいや、もっとでかいわ」
「いやいや、俺の記憶は正しいね」

飄々として言いのけた迅を、薄眼で睨みつける。そうすれば迅は何故か肩を揺らしながら笑いだす。毎回こいつと顔を合わせる度にこうして笑われている気がするのだが何故だろう、非常に腹が立つ。

「まじうざい」
「もー直ぐそういうこと言う。昔はもっと可愛かったのになあ」

カチカチ、電灯が音を立てて点滅する。それがなんだかホラー映画とか恋愛映画とかのワンシーンのように見えた。それに照らされた迅は昔を懐かしむように目を細めて視線を落としている。

「可愛かったなあ……」
「へえ?」
「あ、もちろん今も可愛いけどな?色気も出てきたし」
「きもい」
「はは、褒めてるだけだって」

そう言って手を頭の後ろに組みながら、呑気に笑う迅。少し動いただけでも彼の動きに合わせてブランコがキイっと怪しい音を立てる。痛んでしまったブランコも、窮屈そうに乗っている迅も、あの頃から随分と時が経ってしまったことを私たちが感じとるには十分な証だった。

「そっか、じゃあこういうのはどう?」
「なんだ?」

その瞬間、咄嗟に出現させた大きな鎌の切っ先を、勢いよく薙ぎ払う。静寂な闇の中で、ひゅっと風を切る音だけが聞こえる。きっと彼には私がこうすることは見えていたはず、なのに奴は懐かしい遊具の上から動こうとしない。それをみて流石だなと感じた。

「……避けないんだ?」
「視えてるからな」

お前がギリギリで止めること。にやりと笑う迅の顔には余裕があるように見える。それは首元にぎらりと輝く鎌の切っ先を突きつけられている人間の笑みとは、到底思えないものだった。

「そう、じゃあ久々に遊ぶぼうか?ゆういちくん?」
「はは、久々に名前呼んでもらえたのに、シチュエーションがこれじゃあなあ……」
「なに?」
「取りあえずこれ退けようか?」

にっこりと子供に向けて言うように優しく呟く。その笑顔には、どこか有無を言わせないような威圧感があって。そこには昔のお兄ちゃんのような優しい彼の面影は皆無だった。静かに一歩引く。

「で、いきなりこんな物騒な真似してどうした?」
「わかってるくせに」
「まあ、大体はね」
「じゃあ話は早いよね」

立ち上がった彼の頭上で、丸い月が輝いているのが見えた。

「迅、私と賭けをしようよ」

そう素直に言えば、彼はふっと小さく笑った。彼の目にはあの頃から成長した今の私がどのように映っているのか、知る由もないのだけれど。どうか彼から見た私が少しでも大きくなっていますように、密かにそう願った。
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