プロローグ
とある満月が空に輝く静かな夜の出来事だった。人が足を踏み入ることのないような深い森の奥、おぞましい数の大きな生物の亡骸がゴロゴロと地に転がっていた。それをみつけた人物は、その現実離れした光景に思わず息を呑んだ。巨大なそれらにくっきりとつけられている大きな刃物でえぐったような傷からは、黒い煙が立ち上っては、真っ暗な闇夜へと消えていく。
「これ全部倒したというのか…一体…誰が…」
木々が生い茂る深い森の中、この空間だけは木も草も何もない更地になっていた。元々は周りと同じように緑が生えていたのだろう、円形に広がる更地の地面が黒く焦げたような跡が、彼にそう思わせた。
“ネイバー”
それはその地面に無数に転がる亡骸が、呼ばれている名称である。
「だれ…か…」
ふと不気味なほど静かなその場の中で、鈴の音のような高い声が聞こえる。その少女のような声は、どうも場違いすぎて、男は不信感を覚えた。
「たすけて…」
声のする方へ恐る恐る足を進めていく。足にがつっと音を立ててあたった大きなネイバーの亡骸の固そうな殻の表面には、深く刃物でえぐったような傷跡がある。この傷を与えた者が、この大群を倒した人物が、まさかこの声の持ち主だというのか…?男が息をひそめてそっと足を進め、ふと、立ち止まる。
「子供…?」
「おじさん…おねがい…お願い…」
おとうさんを助けて…
細い喉からやっと絞り出されたかのようなか細い声は、震えていた。焼け焦げた戦地の中心で、大事そうに何かを抱き抱えている少女。彼女は大粒の涙を流し、力なく座り込んでいた。その小さな身体には傷一つなく、この場には不気味な程に似合わない。こちらを真っすぐにすがるような瞳で見つめている少女。その光景はどこか切なく、彼の胸を締め付けたのだった。