じぇぬいぬ  | ナノ


ご機嫌取りはお早めに

“わるい、朝行けないわ”

ベッドに顔を埋めるうにして、爆睡していた私をたたき起こしたスマホの通知音。なんで通知音切り忘れたんだと昨日の自分を呪いつつ、まだ薄暗い部屋の中、壁の上部にくっついている時計を確認する。只今4時数分前。普通ならスマホがなる訳のない時間帯である。何事かと眉を顰めつつ、スマホを見て確認したメッセージが、これである。

クラスメイトの2人が私の家に迎えに来るのが当たり前になってしまったのは何時からだったろうか。それは一年前の事件で私が注目されてしまった時、家から学校までの道中、監視役として私と同じ学校の同学年達が選ばれたことが始まりであった。“監視”という名目が最初は不快でたまらなかったが、いつの間にかそんなことは頭の中から一切消えていて。今では毎日仲良く登校している。そういえば監視期間はもう終わって、現に他の三輪とかの同学年たちは来なくなったのに、どうしてあの2人は、未だにこうして通い続けているのだろう。ぼんやりとした頭にふと疑問が浮かび上がる。本当はもう来なくてもいいはずなのに。でも楽しいし嫌じゃないから気にしなくてもいいか。結局その疑問の答えを導くことなく、私は再び意識を手放した。





ピンポーン

ピンポーン



軽快な音が室内に鳴り響いて、ハッと意識を戻した。どうやらいつの間にかうとうとしてしまっていたようだ。早朝に起こされたせいで、早めに支度を終えた私に襲いかかる睡魔。簡単に飲まれてしまった私は本日3度目の眠りについていたようである。寝っ転がっていた頭上のあたり、画面が付きっぱなしのスマホがソファの端に沈んでいた。時計を見上げればもう既に学校へ向かう時間になっているようで、チャイムを鳴らした人物が誰であるのか察する。

「生緒ー、おーい」

玄関から聞こえてくる私の名前を呼ぶ大きな声にぎょっとする。あいつ、近所迷惑というものを知らないのか。早朝にラインしてくる陽介といい、所かまわずに大声を出す出水といい、私の周りはアホばっかりだ。ほんとにアイツらはわびさび文化のあるこの国で生まれ育ったのか?はなはだ疑問である。

「あー?いないのか?また本部か玉狛に泊まってんのかあ……?」

しぶしぶとソファの横に用意してあったカバンを手に取り立ち上がる。そっとリビングから廊下へ続く扉を開いて、忍び足で声の聞こえる玄関へ向かった。玄関に近づけば近づくほど、冷気が増していく。すると玄関からガチャとドアノブをひねる音がしてドキッと心臓が跳ねる。僅かに扉は開かれるがそれ以上開くことは無かった。

「空いてるし……。ってことは寝てんのかぁ。ったく、本当だらしねえなあ」

……ん?

いよいよ玄関の扉の前まで来てしまえば、一枚の扉を挟んでいるだけの場所にいるわけで。独り言のように呟かれた言葉なんかも容易に聞こえる。どうやらドアが開いていることを確認した出水は、中に私がいることを察したようだ。ヤバい、カギ閉め忘れた。しかし、今はそれよりもである。ため息交じりの出水の台詞を聞いて、思わず眉を顰めずにはいられなかった。

「ほんとはなあ、ほっといて寝坊して遅刻してんの見るのも面白そうなんだけどなあ」

ククッとこらえきれていない笑い声が聞こえる。元々陽介や出水が狡賢いところや、悪戯好きな面があることは知ってはいたが、よりによってこんなところで発揮するとは思わなかった。今朝の仕打ちと言い今は私の虫の居所が悪い上に、寝起きである。

「しゃあない、起こしてやるかあ」


しゃあない……?起こしてやるか……??


冷気が漂う冬の早朝。すっかり冷やされてしまった廊下の上に靴下のまま立ち尽くす。

「よーし、おじゃましまぁ……うっお!?」
「やあ出水、おはよう」

一応人の家に無言で入るのは気が引けたのか、心ばかりの挨拶と共にそっと扉が開かれていく。それにあえて玄関のど真ん中で待ち構えていれば、案の定出水は、寝ていると思っていた私がいることに驚く。本来はその猫のような鋭い目が、まるく見開かれる。

「生緒、お、おっす」
「今日も元気そうだね」
「おっおう、元気元気」

浮かんだ笑みはわかりやすいほどに引きつっていた。これじゃあ動揺しているのがバレバレである。そんな出水をいつもなら大笑いして馬鹿にしているところだが、今日は生憎そう生易しくはいかない。

「そうかよかったよかった。しょうがなく“だらしのない”私のこと起こしてくれるんだもんね」
「はははっ」

やっぱり聞いてた?そう言って笑っている彼は、一見爽やかな笑みを浮かべているように見える。綺麗に張り付いた見本のような笑顔、そこには若干の諦めが見えたような気がした。







「まあまあ許せって」
「…っふん」

外は制服のスカートやら、マフラーの隙間からひんやりとした風が侵入してきて、泣きたくなる。早く冬が終わらないかな、そう思うがまだ12月。寒い季節はまだまだこれからだ。せめてもの抵抗に首に巻いていたマフラーをグッと上に持ち上げた。

「ちょっとした出来心だってー。っな?」
「その出来心にどんだけ苦労してきたと思ってんだよ」
「まあ心当たりはないこともないけどさ」
「嘘つけ山ほどあるだろ、おい」

次々と脳裏に蘇る彼らの悪行の数々。なんとこいつは頭に飛んできた箒や巻き込まれて課題を増やされるなどの、私の元に持ち込まれた厄介事の数々を忘れてしまったというのだろうか。

「わ、悪かった悪かったって!そう怖い顔すんなって!」
「ほんとかなぁ」
「大半自分だって乗り気なくせに」
「あ?」
「まあほら、鞄もってやってるんだから今日のは許そうぜ」

そうして見せつけるように私のカバンを少し高めに持ち上げて、左右にゆるゆると揺らしてその存在を主張する。教科書が入ってないのが見え見えなぺちゃんとした出水のカバンと比べて、私のカバンは少し重量があるようで出水はわざとらしく重たいという言葉を繰り返している。

「つか、今日なんでそんな機嫌悪いんだよ」
「出水のせいだ」
「その前から不機嫌気味だろー?どうした?」

なんかあったか?続けられた言葉は、いつもの明るい声や茶化すような声色とは別ものだった。まるで諭すような優しい声色に、少し戸惑い言葉が詰まる。不愛想になんもないと言い返すつもりでいたが、その声で聴かれたら調子がくるってしまう。

「……今日、早朝にラインが来て、起こされた」
「あぁ〜、米屋?」
「うん」

何となく何があったのかを察したのだろう、出水のわかったような口ぶりにそう感じた。そうすれば、制服のポケットからスマホを取り出して、出水は自身のスマホ画面を確認し始める。横目に見ると、ライン画面が開かれているのが分かった。

「3時?」
「3時」
「あー、そりゃこうなるわ」
「でしょ」

納得、といった風に苦笑いを零した出水に、彼にも同時刻同じ内容のメッセージが届いていたのだと知る。そろそろ、学校にも近づいてきて、視界には同じ制服の生徒がちらほらと見え始める。男子学生の固まりや仲良しな女子高生コンビ達の、話声で少し周りが賑やかになってきた。

「こういうの前にもあったよな」
「ん?」
「ほら、3人のグループラインでお前がたたき起こされる事件とか」
「ああ、あったね。めっちゃうざかった」
「あの時も怒られたなあ、だから夜は通知音切っとけってあれほど言ったのに」

はははと、懐かしい記憶に耐えられなかったのか声を上げて笑いだす出水。それに対して苦い思い入れしかない私はそれを冷ややかな目で見守る。何が面白いのか、全くわからない。

「だって元隊長に携帯の通知は切るなって教えつけられてたの、癖になってるんだもん」
「まじ?風間さんスパルタ?」
「いや、夜中緊急で連絡した時のために〜みたいな」
「ああ〜なるほどね。生緒が風間隊かあ……懐かしいな」

歩きながら、彼は追想にふけているかのように、口元を微かに緩め遠方を眺めている。そんな姿に、気が付けば自身も頬が緩んでいるので、可笑しくって声を出して笑うのだった。
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