味気のない弁当 |
代わり映えのしない、いつもの朝。 いつもと同じ時間に起きて。当番制になってる洗濯をさっさと片付けて。ああ、いい天気だななんてジジ臭い事を考えて。 いつもと変わらない朝。 に、普段とは違う物があった。 「…弁当?」 別に、弁当がある事は不思議じゃない。プランシー神父が毎朝作ってくれている。忙しくなるから、と言っているのに毎朝全員分きっちりと作る。マメな人だ。 そう、弁当がある事自体はおかしくないんだ。問題は作った人物。 「おい…デニム、お前これどうした」 「よくぞ聞いたな、ヴァイス。カノープス先生に僕の愛を伝えるべく、今回は愛妻弁当を渡す事に決めた」 …愛妻………朝から絶好調だなお前。 それで台所を借りてついでに全員分作った、と。 なるほど。朝からカチュアが妙にご機嫌だった理由も分かった。 「という訳で、不本意ながらこれはお前の分だ」 「あー……おう。悪いな…」 青い布に包まれた弁当がオレの手に置かれる。 ずしり、と。 何故か妙に重く感じた。 昼休み。 デニムが嬉々として教室を飛び出して行くのを見届けて、とりあえず弁当を開ける。 ……………凄まじい。 弁当の中身はその一言に尽きた。 おかず何品あるんだよとか、一つ一つ懲りすぎだろとか、男子高校生がタコウインナーだの花人参だのはどうなんだとか、色々な言葉が駆け巡ったが消えていった。 ふと。 プランシー神父の家に引き取られてから初めての遠足。そこで、弁当は適当に買っていくからいいと言ったら、当日にものすごい弁当を持たされたのを思い出した。 見栄えやら彩りやら品数やら栄養やら、力を入れられるところ全てに力を入れたというようなそんな弁当。 見た瞬間、デニムの弁当と間違えたんじゃないかと疑った、あの弁当。 あれを思い出した。 何故か泣けてきた。 この涙はきっと神父に対する感謝とか敬意とかその辺りから流れているんだろう。 決して。 弁当から、幼なじみの本気度と執念が溢れているのを感じた所為ではない。 片想い相手に渡すには愛が詰まりすぎていて、もはや軽い狂気状態になっている所為でもない。 しばらく、弁当の蓋を持ったままの体勢で固まっていると、後ろから 「食べないのか」 いつの間にかデニムが戻ってきていた。 「お……デニム、渡してきたのか」 「ああ。何とかカノープス先生に渡せた。一緒に昼食までは駄目だったが…、まあ第一目標は果たせたな」 死闘を潜り抜けた戦士の顔でそんな事を言う。 …普通、教師は生徒からの物を貰ったりはあまりしない、ような。……どんな鬼気迫る頼み込みをして、丸め込んで、渡したのか…問い掛ける気力はない。 …ああ、弁当を開けた瞬間絶句するオッサンが目に浮かぶようだ。それはきっと、数分前のオレと同じような顔だろうな…。 「食べないのか」 固まったままのオレに、デニムが不機嫌そうにちらりと視線を送る。 「あ、いや、食うよ」 何故か慌てながら箸を持つ。とりあえず、目についたアスパラを豚肉で巻いて焼いた物を口に運ぶ。 美味い。 「…………」 「…不味いなんて言ったら葬るが」 「いやいやいや、恐ろしい事を言うな。……美味いって」 そう言うと、当然だろう、という横柄な声が返ってくる。 微妙にホッとしているのも分かるので、うだうだと言う気にはなれない。 そぼろの乗った米を一口。………豚ひき肉…鶏肉を意地でも使わないこだわりが見えた気がする。 「…美味い」 大丈夫、オッサンも美味いと思うさきっと。 褒め言葉に一応満足したのか、機嫌良く自分の弁当を広げるデニムを見るともなしに見ながら箸を動かす。 細かく刻んだ野菜を入れて焼かれた、綺麗な形の厚焼き卵を口に放る。 言えなかった一言。 美味い。確かに美味いが。 他の人の為に作られた弁当は、美味くても、正直微妙。 |