ずれて噛み合う |
首が細いなと言われた。 だから、いつかあんたは、俺の首を絞めるに違いない。 いつも通りの決闘の筈だった。 いつもの皮肉混じりの挨拶、無言を貫くキッド。俺が挑発して、何だかんだで構えるキッド、そして銃の応酬。 いつも通りになってた決闘のシナリオを、今日もなぞっていた。 今回決定的に違ったのは、今まで銃や手綱だけを狙って撃たれていた弾丸が、俺の体に食い込んだ事だ。 銃を弾かれた後すぐに足を撃たれて、バランスが崩れ倒れ込みかける。そんな隙を逃さず、もう一発が肩に食い込んだ。 心臓を撃ち抜かぬ、まだるっこしいやり方に違和感はあったが、やっとケリを着ける気になったのかと思うと、知らずに口角が上がる。 しかし、三発の弾丸以外に、止めを差す様なモンは来ない。 訝しげにキッドを見た瞬間、弾丸代わりに伸びてきた手は、俺を思い切り引き倒して、引き摺り始めた。 急所を外すように撃たれた肩と足がじくりと痛む。焼ける様に熱い。傷口から流れる液体が滴って気持ちわりィ。 しかも、引き摺られて運ばれたせいであちこちがズタボロだ。血と土が付きぼろ雑巾染みた服が目に入り、ああ割と気に入ってたのに、と思考がどっか吹っ飛んだことを考えた。 引き摺られた挙げ句に、適当に押し込められたのは崩れかけたボロ家だった。人が去って結構経ってそうなゴーストタウンの、町外れの家。 家主なんざいないだろうが、簡素な家具がまばらに置いてあった。 その隅の壊れかけたベッドに放られ、ベッドの足が酷い音を立てる。 勢い良く投げ捨てられたせいで、一瞬呼吸が止まった。キッド、おめぇ後で覚えてろよ。 どうにも舌打ちしたくなったが、引き倒された時に切った口でやるのは、傷を抉るだけな気がする。 代わりに、口に溜まってた血を吐き捨てた。ベッドが汚れた。今更だろう。 霞んだ目を何とか前に向けると、何かを煮詰めたように濁る目玉が、俺を真っ直ぐに見つめていた。 感情は読み取れないが、あんま良いことは考えてなさそうだ。その目、腹立つな。 キッドの手が緩慢にこっちに伸びる。 ふと前に、この男がぽつりと落とした言葉を、何故かこの状況で思い出した。 マッド。お前の首は、細いな。 枯れ木みてぇな温度の手は、ゆるゆると頬を撫でた後、ひたりと首に当てられる。 「………キッ……」 名前を言い切る前に、ぐぐ…と少しずつ力が込められる。 「…………、…ッ!」 足掻く俺を、キッドは硬いベッドに押し付けて乗り上げ更に絞める。 息が出来ない。 酸欠で、薄くしか開けられなくなってきた目に、色味のなくなった目玉を映した瞬間、何かがブチ切れた。 「…ッ…、…がッ…、……ふ、ざけんな!……首絞め、られて死ぬなんざ、冗ッ談じゃねぇぞ…!」 キッドの手から、首を絞め上げてた力が抜けた。 絞めてたその手を思い切り引っ掴む。 「…俺、を殺したいなら、決闘ん時に脳天でも心臓でも、ぶち抜けってんだ…!」 言い切った後、その手を離し、思い切りむせる。酸素を取り込んでんだか、押し返してんだか分からねぇ。 「…、ッ………ぐ、ぅ…はぁッ…」 咳だか息だか何か分かんねぇ物が口から出ていく。やっとそれが落ち着いたと思ったら、今度はヒュー…ヒュー…と耳障りな呼吸音だ。 それに混じって聞こえる何か。 顔を上げりゃあ、はくはくとキッドの口が動いてるのに気づいた。 何だよ、何が言いたい。 …しなないでくれ、 聞き取ろうと集中した耳に入ったのは、何故だか懇願だった。 「………ハッ…何、言ってやが、る。…天下の…マッドドッグ様が、この程度でくたばる訳、…ねぇだろうが。ナメてんじゃ、ねぇぞ」 キッドが、かける言葉を探すみたいに口を数回動かした後。 あの低い声は今度 ころしてくれ、 と呟いた。 あんたは、馬鹿だなァ。 「…ああ、当たり前だろ。あんたを殺すのも、捕まえるのも、俺以外いやしねぇよ」 何とか無理矢理頭を浮かせて、そのままキッドの、薄く開いたままの固まった様な口元にキスを送る。 キッドの目玉から味もそっけもない色が消え、柄にもなくたじろぐ姿に何とはなしに充足感が生まれた。 どうやら調子にのってたらしい俺は、気づいたら綺麗な色に戻った目玉を舐め上げてた。反射的に目を瞑り、ひくりと身体を揺らしたキッドに笑い出したくなる。 手を伸ばして顔に触れて、舌で目蓋をこじ開ける。 そのまま思う存分目玉を嬲って、仕上げとばかりに目尻に軽くキスをして。離れた瞬間、喰われるみてぇな勢いで口を塞がれた。 切れた口の中を無遠慮に入る舌。 ほとんどゼロ距離で見た目は、何かがキレちまったらしいのを物語ってた。さっきまであった、困惑もふっ飛んでる。 唾液と血が混じる口内を荒らされながら、体中まさぐられ、こりゃ本気で死にかけるんじゃねぇのとぼんやり思った。 殺すのも生かすのも貴方だけ。 |