春日遅々




「オルステッドを見なかったか?」


普段は無駄なくらい出会うというのに、用事がある時は意外に捕まらない。そんな事を考えながら、ストレイボウは街中を歩き出会った知り合い達に声をかけていた。

思えば家を覗いて留守だった時、また夕方頃にでも出直せば良かった。別に急ぎの用事でもない。しかし、散々探し回った後に今更諦めるのはどうにも悔しくて、気づいたら躍起になっていた。

尋ねる人を変えて同じ質問を繰り返す。
その度に、今日はまだ見てないね、家にいないなら分からないかな、挨拶はしたけど行き先までは知らないよ、といった情報ばかり増えていく。それぞれに軽く礼を言って再び歩き出した。




「え、オルステッド?…ああそういえば森の方へ向かっていったかな?」


ようやくそんな話を聞く事が出来たのは、流石にもうそろそろ諦めるべきかと思い始めた頃だった。







やっと見つけた。
ようやく発見したオルステッドは少し開けた野原で呑気そうに昼寝をしていた。

いつもの鎧ではなく簡素な普段着だ。完全に気が抜けている。獣やら魔物やらが出てきたらどうする気なんだ。近づいて上から見下ろせば、かろうじて剣は持っていた。横に置いてあってはあまり意味はなさそうではある。何よりここまで人に近づかれてもまったく起きる気配がない。

起こそうかとも思ったが、急ぎではないのだからと思い直す。それに、こうも幸せそうに寝入られると起こしにくい。少し考えてから、隣に腰を下ろし起きるのを待つ事にした。ついでに上衣をオルステッドに掛けておく。外で昼寝をするのには、流石に今の格好では風邪をひく。



何の気なしに前を見れば、明るい色の小さな花が咲いていた。冬に比べて随分と暖かくなった風が吹く。それに合わせて揺れる葉は鮮やかだ。

やけに気候が穏やかで、ああそういえば、と思い立つ。今はもう春か。



どこから飛んできたのか、一片の花びらがオルステッドの髪の上に落ちた。薄い桃色の花弁を付けたまま寝こける姿は、少し間抜けで笑えてしまう。

その内またどこかへ飛ぶだろうと、何の気なしにそっと見つめた。しかし、オルステッドが身じろぎしても、緩やかな風が吹いてきても花弁は離れる気配を一向に見せない。

大した事ではない。
だが、金色の髪に引っ付いたこの淡い桃色が何となく気になる。

仕方なく、繊細そうな花弁を指で摘まんで風に流した。来た時と変わらない軽やかさで飛んでいく花を見送り、これでどうだと言わんばかりにオルステッドを見た。口の右端からよだれが垂れていた。
子供か。


「……んん…?」


ぐりぐりと乱暴に、布でよだれを拭えば、流石のオルステッドも目を開いた。ぼんやりとした目が数回瞬きをする。視線が緩慢に移動し、目が合った。


「あれ…ストレイボウだ…」


まだ寝ぼけているのか、どうにも間延びした口調で言葉を出す。


「…なにか、あったのかい?」


少し用事があって、お前を探していた。
そう言えば、慌てて起き出すだろう事は分かっている。
まあ分かってはいたが。


「別に、何も」
「そっか…」


そこで一度会話が途切れた。
オルステッドは今にも閉じてしまいそうな目を瞬かせる。そしてふと視線が下がり、自分に掛かっている上衣に気付いた。ありがとう、返すよと言いながらもそもそと返そうとする。


「いいからまだ寝てろ」


どうにも眠そうで、つい気づいたらそう言っていた。
事実まだ眠気が消えてなかったらしいオルステッドは、素直に受け取り短く礼を言った後、酷く幸福そうに呟いた。



「あったかいなぁ」
「……春だからな」





のどかな春の一日







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