鳥と魚




ひらりと火の粉が舞い、凍てつく空気の中に溶けた。
的の焼け焦げた臭いが鼻につく。成功だ。

構えていた杖を下して、結果を検分する。
10回呪文を唱えて、4回は確かに炎が出た。威力はまちまちだったが、まあ悪くはない。
ようやく炎が出せるようになった事にほっとしつつ、ちろちろと残っていた火を周囲に積もった雪で消火する。注意はしているが、山火事でも起こしたら洒落にならない。一通り消し残しがないか確認した後、つい安堵のため息を吐いた。その瞬間。


すごいね


後ろ側から耳に届いた、高めの明るい声に慌てて振り返る。
見えたのは少し固そうな金色の髪。丸い茶色の目を更に丸くして、少年が此方を見ていた。寒い所為か、頬や鼻の頭が赤い。同じ年頃の子供だ。街中かどこかで見かけた事はある、と思う。名前は思い出せない。
手袋を付けた両手で、まふまふと音の鳴らない拍手を懸命にしている。持っていたらしい薪は放り出されて足元に散らばっていた。
金色の少年が、口を開く。


君、すごいね!
棒から火が、ばあぁぁぁって出て、そのまま木にばちばちどーんって!!
すごいね!


ルクレチアの厳しい冬。
街の外れ。初めて喋った時の事。
オルステッドは、何だか気の抜けるような事を言っていたのをよく覚えている。



元々、他の子供と遊ぶ事はあまりなかった所為か、オルステッドについて色々と知ったのは森で会った後の事だ。

オルステッドは子供にしては随分と力が強く、いつも軽々と薪を持って森を駆け抜けていた。大切な仕事を任されているんだと、胸を張って言っていた。力も体力もあって、足も付近の子供達よりもずっと速かったと思う。
ふと森で見かけた時に声をかければ、ストレイボウ!と名を呼びながら嬉しそうに走り寄ってくる。街中ではあまり接点はなかったが、森で会えばいつもたわいのない話をした。くだらない話で、オルステッドはころころとよく笑っていた。
この花にそんな素敵なお話があったんだ。ストレイボウは何でも知っているね、すごいね。


最近は、剣術の修業をしているんだ。とある日のオルステッドが嬉しそうに言った。
自分で作ったという不格好な木剣を腰に下げていて、何故か妙に手がぼろぼろだった。見れば剣の柄にあたる部分がささくれ立っている。これでは持つのにすら支障が出そうだ。つい見かねて、全体をやすりで削って柄に簡単に布を巻けば、大げさなほどに喜ばれた。
すごい!握っても全然痛くない!ありがとうストレイボウ!


オルステッドが剣術を習い始めて、随分と経った頃。
あいつは、大人を相手にしても殆ど負ける事はなくなっていた。元々の資質もあっただろうが、大半は本人の努力だろう。見かける度に剣を振るっている気がして、一日にどれだけ剣の修業をしているんだと首を傾げた事もある。
気がつけば腰に下げられた剣は刃の付いた本物になり、古びた木剣はあいつの家に飾られた。
君の家は来る度に本が増えていくね。…うぅ、どうしてこんな難しい本が読めるんだい?ストレイボウはすごいね。


近くの村に大型の魔物が出た。
ちらつく雪で正規の軍を出す事は出来なかったらしく、数人の有志を募り討伐隊を編成した。この時、俺に出来たのはサポートだけだ。魔物の首を持ち帰ったのはオルステッドだった。
わ、あ、とととっ。暗くて足元が…、あれ?何で明るく…あ、炎出してくれたんだ。ありがとう。うわ暖かいなぁ…ストレイボウはすごいね。


広場で行われるのは魔物と戦う剣士ごっこ。
小供は皆オルステッドに憧れた。少年達はこぞって最後に魔物を倒すオルステッド役をやりたがる。そんな中、魔術師の息子はぽつりと言う。魔術師だって、すごいんだよ。色んな物だって、魔術で出せるんだよ。子供達は曖昧に笑った。すごいけど、オルステッドのがもっともっとすごい。
ごめんストレイボウ。今いいかな。…これ、薬草の粉末ってどれくらい入れればいいんだっけ…?…間違えると大惨事だよね…傷薬って。あ、二匙?ありがとうストレイボウ!薬切れちゃっててね。…何だか最近、妙に魔物が増えていないかい?


アリシア姫の婿を決める、引いてはこの国の王を決める武道大会。誰もがオルステッドの名を挙げる。誰もがオルステッドに期待する。それに時たま、ぽつりと違う名を言う人。不意に、俺の名前が聞こえた。いやしかし、魔術師など一人では戦えまい。反論はなかった。
いよいよ明日かぁ。何かもう緊張してきたよ。うー………ホットミルク…?はははっ何か懐かしいな。ありがとう。うん、そうだね。寝不足じゃしょうがない。帰って休むことにするよ。明日は頑張ろう、ストレイボウ。


武道大会。
思い出したくもない。
俺はあの時何と言ったか。
無様な姿などは晒していなかっただろうか。
利口な敗者らしく、毅然とした態度で勝者を讃えられていたのか。
オルステッドは、何と返したのか。照れたように、けれど誇らしそうに笑っていたのだけは覚えている。


ストレイボウはすごいね。
すごいね。
すごいね。


すごい。
凄いのは、いつだってお前だった。




オルステッドを魔王に落とした。
町の人間は誰もこいつを信じない。
姫を連れて城に帰れば英雄だ。
ああ、きっと国の王にすらなれるだろう。

親友を裏切り、勇者に泥を塗り、王と賢者を間接的に殺した、そんな男が玉座に座る。馬鹿な話だ。滑稽すぎて笑いも出ない。


オルステッドに初めて勝つ。
負けてなお、親友然としたうすら寒い言葉を吐き出す事など、もうしなくてもいい。悔しさや自己嫌悪に涙を飲んだ夜も、もう二度と訪れない。


オルステッドに初めて勝つんだ。

ありがとう
ストレイボウはすごいね

子供の頃から変わらない、あの拙い誉め言葉を聞く事も、もう二度とないだろう。
勝っても。負けても。





鳥になりたかった魚と魚が大好きだった鳥の話







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