昨夜、何があったのか




朝日が眩しい。


手で光を遮り、緩慢な動きで瞼をこじ開ける。嫌に眩しいと思ったら、カーテンの隙間から覗く日差しが、ちょうど私の顔に降り注いでいた。


起きなければと思う反面、如何せん身体が睡眠を欲している。
ざらりとしたシーツと毛布の感触が上半身にまとわり付く。暖かなそれから更に暖を取ろうとして、はたと気付いた。



上半身に、何も着ていない。
そして、隣から人の体温を感じる。


起き抜けの寝ぼけていた頭に、冷水をかけられた様な衝撃を受けた。待て。何故だ。何故こうなっている。



とにかく状況を確認しよう。話はそれからだ。おそるおそる体温を感じる隣を向いた瞬間、心臓を掴まれた様に動悸が早くなった。

賞金稼ぎだ。
絶対数は少ないが確かに存在する女の賞金稼ぎではない。もっと良く見知った姿。つまりは、常日頃からしつこく追い掛けてくる賞金稼ぎマッド・ドッグ本人。

頭が回らない。落ち着け。深く息を吸って吐いても目の前の賞金稼ぎは消えない。現実だから当然だ。これが現実ならどういう事だ。考えたくない。脳が考えることを放棄したがっている。
しかし半裸で一つのベッドを共有しているこの状況と、己の体調が気だるげながらにすこぶる好調な点を顧みるに、一つの結論しか出て来ない。


今度は浅く息を吸い、覚悟を決めてそろりと毛布を捲り彼の姿を目に映す。




全裸だ。
もう駄目だ。




瞬時に毛布を先ほどの位置まで戻す。
マッドの首や胸元、腰付近にまで、至る所に赤い跡が残っていた。その上、少し見えた彼の下半身に、干からびた何かが見えた。何なのかは考えたくない。赤色の何かも見えたが、何なのかは本当に考えたくない。



そんな思いとは裏腹に、彼を組み敷き、あらぬ場所をあらぬ物で貫いた記憶までうっすらと出てきた。もう言い訳すらも出来ない。
その霞んだ記憶を見るに、どう考えても凌辱だった。その記憶を肯定する様に、マッドの手首には縄跡が残り、ベッドの端にはロープが落ちている。
これはもう、どう考えても間違いなく無体を働いている。



目頭が熱くなってきたが、真に泣きたいのは隣でこんこんと眠り続ける賞金稼ぎだと思うと泣くに泣けない。



そこまで考えて、ならば今私がやるべき事は、この情事の痕跡を色濃く残す空間を整え、早々に立ち去る事だとようやく思い当たった。


急いで立ち上がろうとした瞬間、何の脈絡もなく、マッドがばちりと目を開けた。
終わった。と頭の片隅で考えた。



ついピクリとも動けずにその様子を凝視してしまう。状況を確認しているのかマッドの目線がぼんやりと動く。
目が、合った。


「…………んぁ?」


なんであんたがいるんだ…?と、マッドがぼそぼそと呟きながら瞬きをする。今にも閉じそうな眠たげな目。それが、瞬きをする度徐々に険しくなっていく。
一度目を閉じカッと目を見開いた瞬間、マッドは飛び起きた。


「!ッい…、でぇ!」


そしてそのまま前のめりに頭を毛布に沈めた。
悲鳴を噛み殺しているのかぎりりと歯軋りする音が聞こえる。
相当痛かったらしい。すまん。

今度はゆっくりと探る様に頭を上げて、此方に訝しそうな視線を送る。
そして、少し考え込んだ後に口を開く。その様がやけに目についた。


「……キッド」


どんな罵詈雑言が出て来るのだろう。背中に嫌な汗が流れる。


「…お互い酔ってたんだ」


マッドはガリガリと頭を掻きながら、彼にしては歯切れ悪くそう言ってきた。


「正気じゃなかった、言った事は、あー…まあ、ナシだ、ナシ」


はて。覚悟していた物とは違う雰囲気の言葉が出てくる。何を言っているのだろう。
このまま聞いていても謎は解けない。


「…何の事だ…?」

「…あんた、まさか……覚えてねぇの?」
「………すまん…」


そう言えば、マッドはホッとした様な肩透かしを食らった様な、そんな彼に似合わぬ疲れた笑みを浮かべ、溜め息と共に言葉を吐いた。


「…忘れたままのが、いいと思うぜ…」


いいなあんた。俺も、忘れてぇ。
そう言ってもう一度深く溜め息を吐いた後、マッドはふらふらと部屋から出ていった。歩き方がおかしい。下半身を、庇っている。そこかしこに情事の跡が残っているのに全く覚えていない。


…私は、あの彼にあそこまで言わせる様な事をしたのか。何があった、どんな事をしでかしたらマッドがああなるんだ。何とも言い表せない凄まじい罪悪感と自分への恐怖で、私は思わず頭を抱えた。








昨夜はお楽しみでした?







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