真綿で包む




もうやめてくれッ…
そう、叫んだつもりが掠れて上手く声にならなかった。どうにも瞼が重い。
それでも何かを言いたい事は伝わったらしく、目の前の青年が振り返った。それはもう極上の笑顔を携えて。


「どうした?キッド」


へらりと浮かべられた笑みは、妙に真っ直ぐだ。毒が無さすぎて、逆に気持ちが悪い。


「?…何だよ不服そうだな。夕飯気に入らなかったのか?」


いや、うまかった。
ほんのりと湯気を出した焼きたてのパンに、豆と少しの野菜と肉を煮込んだスープ。よく焼いたベーコン、山と盛られたポテト。熱い珈琲。
うまかった。嫌みなほどに。

マッドも分かってはいるだろう。何といったって、今彼が片付けている食器は空だ。
夕飯に不満などどうしたって出てこないので、無言で首を横に振る。そうか、と嬉しそうな調子で返事をされた。

違う。何かが間違っている。





下手を打ち、右脚を斬りつけられたあの日。引き摺りながら歩いていた時に、タイミング悪くマッドに会った。

此方を見た瞬間見開かれた黒い目に、あの時自分は、私もいよいよ終わりか、などと考えていた筈なのだが。



それがどういう訳だか、彼に匿われる様にこの小屋へと閉じ込められた。しかも今日で、早五日目を迎える。

砂がこびりついた髪や身体はお湯に付け絞った布で丁寧に拭かれ、随分と上等なシャツに着せ変えられた。さっぱりとした身体に酷い違和感を覚えている。さらりとした布の着心地がむず痒い。
造りのしっかりした寝床に柔らかい毛布まで与えられ、何故か毎日うまい料理が出てくる始末。丁寧に傷口の手当てをし、時折気まぐれに髪や頬を撫でる手は暖かい。

至れり尽くせりすぎて、強制的に満たされている。死にたい。



考え事をしている内に片付けを終えたマッドが戻ってきた。そして私の顔をゆるゆると眺めた後、満足そうに呟く。


「ん、大分顔色良くなったなキッド」

出されるままに食事をした結果がこれだ。睡眠も充分とれている。今私は、無駄に健康的な生活を送っている。
何故だろう、耐えられない。



「ああそうそうキッド。あんたの馬なんだけどよ、」
「……まさか…」

まさか。


「いやぁ毎日の世話の甲斐あってか食わせてるモンのせいか、毛艶は良くなってきたし、もう蹄までぴっかぴかだぜ?前まではあんなに警戒してたのに、最近じゃあ手を伸ばせば擦り寄ってき」
「…もうやめてくれッ…!」


思っていた通り、私の馬まで、溢れんばかりの幸せに漬けられている。理解した瞬間、私は今度こそ吠える様に言葉を出した。






幸せを与えすぎるのはよくないです








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