恋愛指南の行く末 |
「……夜更けに、失礼致しまする。サンダウン殿、少々お時間よろしいでしょうか」 珍しい事もあるものだ。 声をかけてきた人物を見て、ひっそりと思う。 「ああ。どうした、おぼろ丸。…まあ、ひとまず座るといい」 普段、夜は警戒し木の上に居る事が多い彼が降りてきている。それだけでも中々に珍しいが、私に声をかけるとは。 「かたじけない。その、ご相談があるのでござる」 「相談……何かあったのか?」 ますます珍しい。 確かに、火の番をしている私以外の者は、疲れていたらしく死んだ様に眠っている。 相談するなら、今だろう。 パチ、パチチと焚き火が爆ぜる。 隣には、セイザという座り方をしているおぼろ丸。 彼は一呼吸おいた後、上手くまとまらぬのでござるが、と話を切り出した。 「その、時折…心の臓が何かに掴まれた様に、跳ねる事があるのでござる…」 「!病気かッ」 この異世界で医師に出会った事はない。事態は深刻だ。 「ならば、早くアキラに治療を頼まねば」 原理は別として、あの少年には傷を癒す力がある。病気に効くかは分からんが、早く試してもらおう。 「あ、いえ…!アキラ殿に聞いたところ、病ではない様でござる」 「何…?どういう事だ」 もう少し詳しく聞いてみる事にした。 その結果。 「つまり、特定の人物の顔を見た時や話をしている時に心臓付近が痛くなる、と」 「左様……これは、一体どういう事でござろうか…」 「それは…」 それはいわゆる、恋だの愛だの呼ばれる物ではないだろうか。 「アキラ殿は、自分よりもサンダウン殿に相談した方がいいと……」 丸投げしたな小僧。 そういった事は、同年代同士で知識を深めあう物ではないのか。知らんが。 しかしなるほど、恋か。 長い髪を三つ編みにした、勝ち気な少女を思い浮かべる。年もそれほど離れてはいないし、お似合いと言えばお似合いではないだろうか。 どうやら初恋らしい彼の恋愛を、微力ながらに協力するのもいいだろう。 彼らは、いつかお互い離れる身。後で気付いて嘆くよりも、今恋を理解した方が彼の為にもなるかも知れない。 「…………それは、その人物が好きという事ではないか。仲間というより、恋愛としての意味合いで」 「………れんあい……恋愛ッ!?」 目に見えて慌てるおぼろ丸に、何やら微笑ましい気持ちになってくる。 「愛、…れ、恋愛…!拙者は、その、せ、拙者は忍びであって、いえ、今は少し違いまするが、」 「落ち着け」 しばらくの間、支離滅裂な事を言った後に少しずつ落ち着きを取り戻した。赤い顔をしたままではあるが。 「…申し訳ありませぬ」 「いや」 「お、おそらくは、その恋愛、で、間違いないと思うでござる…」 「そうか」 やはりそうか。 ふしゅうと蒸気が出そうな程に顔を真赤にしたニンジャは、しどろもどろになりながら続ける。 「拙者、拙者は一体どうしたら…」 「ふむ…想いを伝えるのも秘めるのも、おぼろ丸の思うようにしたらいい」 自覚をしたならば、後どうするかは私が何か言うべきではない。 「…想いを伝える……その、想いを伝えた後、世間としては何をする物でござろうか」 「…相手が、自分をどう思っているかの返答を貰う…だろうか…」 世間一般としては、おそらく。 …自分の時の事など、遠い昔の様ではっきりとは思い出せない。 「返答、でござるな…。…して、その後は」 告白をして、了承を得た後。 ……………一つしか……いや、待て。…そうだな…。 「…………キス…口付け、などか」 「く、口付け…」 ……破廉恥…と、もごもご言い淀んだ彼は、何かを決めた様に顔を上げた。 「サンダウン殿!」 いきなり、バッと此方に向き直ったおぼろ丸の表情は、実に真剣だ。 「……お慕いしておりまする…!」 ……………何……だと。 固まった頭と体。私の顔に、初めて見た彼の素顔が近付いても、何もする事が出来なかった。 むに、と押し付けられた温かい物が何であるか理解した瞬間、急速に意識が遠ざかる。 「…は…!拙者、返答を聞きそびれ……申し訳ありませぬ!サンダウ…さ、サンダウン殿!?…サンダウン殿ぉぉぉっ!!」 あの小僧、知ってて私に投げたな。 理解の範疇を越え飛ばしかけた意識の中、最後に考えたのはそんな恨み事だった。 恋愛指南の行く末は、指南者の現実逃避 |