魔王と子供のクリスマス |
大人も子供も、街全体が浮かれる12月。 買ってもらったばかりのふわふわしたお気に入りのマフラーを首に巻いて、小さな子供は家から飛び出した。 自分の家も近所の家も、周囲はどこもきらきら光る電飾に飾られている。何回見てもきれいだと子供は思う。そして同時に、今の街中の煌びやかな様子を想像する。 子供は、逸る気持ちを抑えずに軽い足取りで走り出した。 そう、今日はクリスマスだ。 華やかなイルミネーションも、沢山のオーナメントを付け一番上には輝く星を乗せたツリーも、店先から流れる明るいクリスマスソングも、あちこちで歩いている赤と白の服を着たサンタクロースも、街をクリスマスの色に染め上げている。 楽しそうな街の様子を見ながら、子供は一人で上機嫌に歩き続けた。 だって、街はこんなに輝いている。 暖かい家でテレビを見ているだけではつまらない。 子供は、年相応に好奇心旺盛だった。 そして、少々無謀だった。 ついさっきまではあんなに楽しかったのに。 憮然とした気持ちで、子供は長身の男を睨みつける。 その長身の、何だか変な格好をした茶色の男は、地面に膝をついて自分を抱きしめている。なんでこうなったんだ!と子供は小さな頭を悩ませた。 さっきまでは確かに、気分良く街を散歩していた。そして普段は行かない公園にまで足を伸ばしてみたのだ。公園なのにほとんど人がいない上に、クリスマスの装いも申し訳程度にしか飾られていない事に首を傾げつつも中へと進む。 そうしたら何故か、馬がいた。 何故かは分からないが、いた。 そこに何故か馬がいたから、馬は好きだったから。 子供はついつい、馬の傍にいた髭の男に話しかけた。声をかけられた男は興味なさそうに、子供へ視線を向ける。 何だかとろりとした赤目だ。 その様子に、子供は何故だかとても腹を立てた。きれいな絵に絵の具でもぶちまけられた、みたい気分だ。返事らしい返事もしない男に、子供はこれでもかと話しかけ続けた。 危ない人もいるのだから、知らない人には気をつけなさい。 という親のいいつけはすっかり忘れてしまっていた。もう既に、勝手に一人で出歩かない事という約束も破ってはいたが。 一方的に喋りかけるだけの会話は、すぐに終わりを告げた。 何が男の琴線に触れたのか子供には分からない。 俺はただ、いい馬だなって言っただけなのに。何で抱きつかれなきゃいけないんだ。ひげがあたって痛い。まっどって何だ。と、子供はぶちぶちと文句を言う。 何をどう言っても、男は子供を抱き締めたまま動かない。 今更両親のいいつけを思いだし、それを守らなかった事を子供は深くそれはもう深く後悔した。 だが、不思議な事に危機感はあまり湧かなかった。 それはもう嬉しそうに微笑まれたからだろうか。妙に柔らかく抱きつかれたからだろうか。なんとなく、この変な男の事を、知っている様な気がしたからだろうか。 「ああ…マッド、こんなに小さくなって…」 「…ちっさくねぇよ!」 なんてシツレイなヤツなんだ!! まあこのままでもいいかと流されかけた思考を蹴飛ばし、憤慨しながら子供は思う。せっかくのクリスマスなのに、こんな変なオッサンに捕まるなんてあんまりだ! けれど、男が小さく震えているのに気づいて、子供の小さな怒りは鳴りを潜める。 そうっと顔を見れば、赤色の目玉からほろほろと涙があふれ続けていた。大人が泣いているのは初めて見た。 マッド、マッド、と泣きながら呼ぶ男の涙を、子供はそっと小さな手で拭う。 ハンカチやらティッシュやらそういう物を忘れて出てきてしまったから、悪いが素手だ。 気がつけば涙が止まっている。男は驚いた表情を浮かべていた。 見開かれた赤目。ほろりと目尻に溜まっていた涙が落ちる。 ちょっと間抜けな顔だと思う。 触っている顔は冷たい。なんとなく離すタイミングを失った手で頬を撫でた。伝わる温度から、外にずっといるのだろうかとふと思う。 今日はクリスマスだから。 街もみんなも、しあわせそうなのだから、このオッサンも笑うべきだ。 だから、こんな変なオッサンにも優しくするんだ。 子供は誰かに言い訳する様にそう言って、着けていたマフラーを外して男の首に巻いてやる。 ちょっと長さが足りない。まあ少々不格好だが、暖かさは実証済みだ。何ていったってふわふわのもこもこだ。満足げに子供が笑う。それを見た男は、笑おうとして失敗した様な顔をした。 そうだ。クリスマスだから。 甘やかしてもいいだろう。この変な大人のことも。 弱弱しくしがみつき、肩口付近に顔を埋めた男。彼の薄い茶色のポンチョを、ぽふぽふと宥めるみたいにゆるく叩きながら子供はぼんやりと考えた。 メリークリスマス! |