三回目 おぼろ丸×オルステッド




忍びは、山の頂上で嫌に濁った空気を吸う。慣れ親しんだ空気。
この様な場所には似合わない青年が、忍びの目の前にいる。己を魔王だと称した青年。

魔王…魔の主とはまた、面白い事を言う、と忍びは思う。
張り詰めた気配と腐臭がその言葉は真実であると表わしていても、どこか違和感のある肩書きである。
魔王は、忍びに目を向けた後、ぽつりと言葉を吐いた。


「君は、一人で来たんだ」
「…いかにも」

「へぇ…君と同じ境遇の人間が、何人か居たのだけどね」
「存じておりまする」


ひそりと観察した彼らは、この山の空気に触れる様な方々ではなかった。そう、明るい日差しの下を歩くべき人間達である、と忍びは判断した。道中共にするべきではないとも。
一人血の染み付いた様な御仁も居たが、あの方もまた単独を好んでいる風体をしていた。


「彼らには、彼らの通るべき明るい道がありまする。それは拙者の道とは交わらぬ物」
「…ふぅん」


納得しかねた表情を作る青年。その顔はあどけないのに、どうにも空虚に映る。少なくともそれを見た忍びの眼には。


「君は、優しいんだね…」




「…何やら面白い事をおっしゃる。拙者は忍び。物でござるよ。優しさとは縁遠い、物体でござる」
「シノビというのはよく知らないけれど……物はそんな感慨深そうに誰かの話をしないよ、君は人だろう?」


魔王は緩く微笑む。それはどこか、嘲りの様だと忍びは考えた。人は愚かだと馬鹿にする、諦めた様な優しげな笑み。
なので。


「拙者を人扱いする魔の主など居ないでござる、貴殿は人でござろう」


そのままを返す。貴方もまた、愚かな人だと。
魔王の笑みが固まり、少し逡巡した後に、ぼそぼそと呟く。


「……君は、何というか…」
「貴殿は人。物と会話を試みている辺りを見てもそうでござる」


畳み掛ける様に話を続ける忍びに、魔王は米神が痛くなるのを感じた。忍びの言葉には悪意がない。しかし魔王の心はガリガリ削られている。自分が投げかけた言葉によって。
そう例えば。投げられた球を、勢いそのままに返球してきた様な率直さで。

そして、それらを踏まえて魔王は一つの仮定を導きだした。


「…君さ…もしかして、とりあえず言い返してみたかっただけ。なのかな」
「おや、気付かれるとは」


思いの外、聡い方の様だ。
表情を変えずに、さらりと忍びは言う。どう聞いても小馬鹿にした言い方に、魔王の口元が更にひきつった。


「……やはり、君は物なんかではないよ」
「そうでござるか」

「だって物は、こんなに意地悪ではないからね」
「意地悪、などと愛らしい事を云う魔の主も拙者は知らぬでござるよ」



…シノビっていうのは、実に厄介だなぁ。
眉を潜めた魔王は、そう思った後にゆるゆると溜め息を吐いた。



「愛らしい、ね…。…私は、君に口説かれでもしているのかな」


忍びの言い回しが微妙に癇に障ったのか、刺々しく答える声には皮肉が混じっている。ふむ、と一拍置いた後に、忍びは目元だけ少し緩めて飄々と言葉を返した。



「気付いて頂くのに、些か時間がかかったでござるな」





時が止まる。魔王の時だけが。
今までの回りくどい会話が全て、忍びなりの口説き文句だったらしい事に衝撃を受け、魔王の気は遠くなりかけた。







物の恋心
初恋だったので、とにかく会話を試みようとした結果。








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