二回目 オルステッド×サンダウン |
山の頂き。 血や、何かが腐った臭いのする中で対峙した、魔王と呼ばれた青年。 金糸を思わせる髪は、その肩書きに、この場にそぐわぬ程に明るく輝く。その下から見える濁り切った瞳は、私の方へは見向きもしない。ただひたすらに乾いていて、何も映してはいない。 「…嫌だ嫌だ嫌だ、人間は嫌いだ、人間なんぞ一人残らず滅べばいい。死ね。死んでしまえ。私の前から、全てが消えてなくなればいい」 魔王は吠える。 血を吐く様な彼の独白を、私はただ一人、耳を傾ける。 「嫌だ嫌だ嫌だ、ああ嫌だ、人間なんぞすぐに裏切るだろう、あっさりと掌を返すだろう。ああ、人間は嫌いだ、人間は、なんて最悪で害悪な存在なのだろう」 人間は嫌いだ、 魔王と呼ばれた青年は吠え続ける。 彼が、ここまで人間を憎む理由は分からない。知る為の手段もない。 「お前もそう思うだろう。だから同じ立場の人間と殆ど関わらず、たった一人でここまで来たんだろう」 そこでようやく、彼は此方に目を向けた。笑みと呼ぶには、どうにも歪んだ表情を作り、彼は問い掛ける。 思い出す道中。 同じ立場の人間。年端もいかぬ少年達。強く、真っ直ぐ前を見ていた。彼らは、無事だろうか。 思った瞬間、前方の青年の顔が更に歪む。そしてギリッと此方に聞こえる程、歯を食い縛る。 「何故そんな顔をする。他者を慈しむなど、愚の骨頂。自分を犠牲にして、全てを犠牲にして、何かを救ったとしても無駄だ。人はすぐに意見を翻すだろう。何も生まない、何も残らない、ああ嫌だ嫌だ嫌だ」 酷く傷付いた様な顔をするな。 彼の身に、起きた事なのだろうか。邪推だとしてもふと考える。 「……、…憐れんだ様な目で、私を見るな」 言い切ったと同時に、彼は私の首元に刃を押し当てる。 「憐れんでいるつもりか、馬鹿にしているのか、蔑んでいるのか」 「そういう訳ではない」 「では、どういうつもりだ」 どう表せばいいだろう。そうだ、これはアレを見た時に似ている。 「ああ、そうだ。むしろ皆とはぐれた迷子を見た、そんな心境に近い」 「………………………は、」 脳内処理が遅れたのか、たっぷり数十秒返答が返って来なかった。 「……迷子……、……………私がか…」 「ああ」 個人的には、しっくりと来る表現だと思ったのだが、彼は納得いかないらしい。 迷子。私が。魔王なのに。オディオなのに。私は魔王なのに、…迷子。 ぶつぶつと呟く彼の姿は、正直魔王には見えない。普通の青年に見える。 口調が崩れているが、本人は気付いているのだろうか。 「何というか、魔王というよりは、普通に街の青年の様だな」 妙な親しみを持ってしまい、そんな事を口走る。自分としても、言うつもりはなかったのだが。 彼は思い切り目を見開いた後、ぽつりと言う。 「…………お前は、あれだな。…とんでもない、大馬鹿者だろう」 呆れる様な声色は、今までとは違い、どこか人間臭く感じられた。 「この私を、魔王を、迷い子だと、普通の町人だと表すか。お前は死にたいのか。馬鹿にしているのか。ああ、馬鹿にしているのだろうな」 「いや、そういうつもりでは…」 ない。と言う前に、鋭く睨まれる。 「黙れ。全く忌々しい……………ああならば、私はお前を寄る辺にするとしよう」 今、理解の出来ない単語が聞こえた。 おかしい。言語は通じていたのに。違う。落ち着け。 「……何?」 「私はお前曰く、迷い子らしいからな。精々、年長者に手を引いて貰おうか」 「そ、れは」 「ああ勿論。当然の事だが、お前に拒否権はない」 そう言って嘲笑う表情や少し険の取れた顔からは、どこか、これが素であろう緩やかな気配を感じる。 いつの間にか私の左手をとり、弄んでいる彼はどことなく愉快そうだ。 それはまるで、父親を見付けた幼子が、親の手をいつまでも離さないかのように。やっと掴んだ蜘蛛の糸を、大事に握り込むかのように。 ……………ああ、…私はこの青年を拒めない。 なんという、失態だ。 予想外のエンディング |