軌跡の後




この地域では珍しい、空気の乾いた晴れの日だった。


自宅に帰る途中、ふと思い立って、大通りに面したとある公園内を突っ切る。この間、街の地図を見ていたら、自宅と大学までの距離をこの公園は相当縮める事に気付いたからだ。





公園、というには閑散としていて、中は微妙に木だの植物だのが伸び放題になっていた。しかも、まだ夕方だって言うのに、人っこ一人居ない。
聞いていた噂通り、違和感のある空間だった。




この公園には、どうにも奇妙な話がある。



確か、何かを探す化け物の噂、だっけかな。
興味がないからよく覚えてねぇが、そのせいでガキやその親はおろか、大人も悪党の類すらも寄り付かないらしい。


胡散臭い事この上ねぇ。
と思うのは、俺が引っ越ししてきたばかりなせいなのか。



通るな、と言っていた奴も多かったが、この公園を突っ切れば相当な近道になる。
通るだろ、普通。

大体通るのすら許されない公園なんてもう公園じゃねぇ。潰せ、そんなん。




そんなどうでもいい事を、ぼんやり考えながら案外広い中を歩いた。
その時、ふと気配を感じて後ろを見る。そこには、いつからいたのか分からないが変な男が立っていた。




「……マッドという男が、…何処にいるか…知らないか」

「……」




怪しい。すこぶる怪しい。言ってる事もよく分からん。
服もおかしい。まるで昔の西部劇にでも出てきそうなカッコだ。これはあれか、コスプレとかいう奴か。なんか、全体的に茶色いぞ。
そして、奥の方でのんびりと草を食べてるあの馬は何だ。このオッサンの馬か。公園に入れんな。


総合的に見て、変だ。
夕方の公園に、こんな奴居たら駄目だろ。皆近付かないってのは、こういう奴がいるからかも知れねぇ。


と、ボロクソに思う反面、不思議な事にこの男には懐かしさを感じる。
こんな変人の知り合いはいなかったと思うんだが、何やら妙に懐かしい。


明らかに変質者なオッサンを声をかけられても変に落ち着いていられるのは、多分そのちりちりした懐かしさのせいなのか。


ただ、懐かしいその姿の中で、ひどく乾いた赤目にだけは違和感を持った。こんな色だっけ?





「…………マッドという男が、何処にいるか…知らないか…」



暗い色をした赤目から視線をそらせずぼんやり見つめていたら、痺れを切らしたのかもう一度問われた。諦めないなこのオッサン。


そういえば妙な質問されていた。
マッド、マッドか…その名前に、残念ながら心当たりはない。つか、マッド?すげぇ名前だな。偽名か?



「悪いが、知らねぇな」
「………そうか…」



そう答えると、オッサンがふいっ…と後ろを向いて歩き出す。
その時見えた背中と夕日に妙な既視感を感じた。あの背中には何かを言わなければいけないと何故かそう、強く思った。




「…あんたもバカだなァ」



気がついたら、そんな言葉が口から滑り落ちてた。…いやいやいや…初対面の人間にいきなりそれはねぇよ。
勢い良く振り向いたオッサンの顔が、みるみる歪んでくじゃねぇか。ささっと謝っとこう、うん。



「…………………マッ、ド…?」


は?


「…マッド!?マッド!!やっと、見付けた…!」
「へ…?な、ぉ、…!?ぎゃあぁぁぁぁッ!!!!」


やけに俊敏な動きでオッサンが近づいたと思ったら、抱き込ま…ひぃぃぃぃいッ!!


「マッド、マッド…マッド」
「ぃぎッ!?」


そのまま力を込められ、抱き締められて……骨、背骨が!悲鳴上げてる!!


「……マッド…」
「やめろバカ!俺ァマッドじゃねぇッ!!」

抱き締めた腕が少し緩んだ。

……あー……本気で潰されるかと思ったぜ。
オッサンは少し距離をとって、まじまじと人の顔を見ている。オッサンの唐突な行動は微妙に気持ち悪い上、刺さる視線で居心地悪い。



「…、…マッドだ。…マッド…会いたかった…」
「…おいおいおい……オッサンが、んなぼろぼろ泣くなよ」


冷たい水が何滴か俺の顔に落ちる。泣いたまま、ぎゅうぎゅうと抱きついてきて、マッドマッドと呼び続けるこのオッサンは何とも残念だ。そして俺はマッドじゃない。



「マッド」
「俺は、マッドじゃねぇよ」

「いや、マッドだ」
「違うって」

「マッド…」
「…聞いてくれー…」



抱きつかれたまま、男二人で押し問答。一体何やってんだろう。



さわさわと風が吹く。
周囲もだんだん暗くなってきた。
ついでに泣きたくなってきた。
オッサンの涙は止まらない。

ああ、帰りたい。





「…オッサンー、俺もう帰りたいんだがー…」
「………帰るのか…マッド…。…駄目だ」


うぉい。


「駄目だって言われてもな…俺は帰れない、なんて嫌だぜ。勘弁してくれ」
「…………………嫌か」


「…ならば、私も一緒に」
「嫌だ」

「………………………嫌、か」


オッサンはぼそぼそと嫌なのかと呟きながら、目に見えて落ち込んだ。拗ねたようにも、しょげたようにも見える。オッサンの癖に。
おい何だこれ。今悪い事してんのは、俺か?俺なのか?


「………………分かった。…仕方ない………また、会おう」


言いたい事だけ言って渋々とオッサンは踵を返した。ポンチョが翻る。
くすんだ茶色が目の前に広がった。


「、おい、ちょッ…!…………いねぇ…?」


辺りが暗くなる。夕日が隠れたのかと思った次の瞬間には、オッサンの姿はどこにもいなかった。あまりの早業に軽く放心状態で目の前を見つめても、影も形もない。




またっていつだ。というか俺は返事もしてない。
今あのオッサンは、どうやって消えたんだ。
オッサン何者だよ。つか、そもそも人間か?
何なんだよ、一体。




何かもう、茫然と立ち尽くした後、よろよろと歩き出す。頭がパンクしそうだ。それでもぐるぐると考える。




また会おう。
まさか、再会の言葉を、あんたの口から聞くとは。俺は追いかけなくてもいいのか。

……何でそんな事考えたんだ?何で俺があんなオッサンを追い掛けるんだよ。
ああ本気でよく分からなくなってきた。










「ん?……おーい!____じゃないか!何やってんだこんな所で!」


公園を出て、ふらふらと歩いていたら、反対側から歩いてきていた友人に呼ばれた。
そこでようやく、止まったままの頭が動き始める。何をやってたのか何ざ、俺が知りたい。


「…………んー…時代錯誤なカッコした、変なオッサンにナンパされてただけー…」


とりあえず、おどけきれない口調でそう返しておく。あながち間違っちゃいない気もするのが恐ろしい。


「何だそれ………ってお前なんで泣いてんの?」


泣いてたんか。
右手を目に持っていったところ、確かに濡れた感触があった。本当に泣いてたらしい。



「……さあ?何で、俺……泣いてんだろうな」









初めまして、久し振り








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