彼の軌跡




それは、忘れかけていた人との薄い繋がりだった。
それの投げ掛ける声や態度、行動は、始めは鬱陶しく思っていた。その筈なのに、しつこいそれに、いつからか緩く心を動かしていた。
それの表情を実によく変わっていたがそれでも理解しにくく、話の内容は皮肉混じりでありながら実に快活で、何故だか目が離せなかった。


好ましい、と思っていたのだと思う。
だから最後には、それの望み通りに心臓を撃ち抜いた。


そう、それを殺したのは私だ。だというのに、この空虚さは何だ。



ぼんやりとしていると、またいつもの様に現れるのではないかと期待してしまう。
ああ馬鹿な話だ。来る訳がない、彼はもう、


違う、いる、いるんだ、何処かにいる、と認めたくない何かが吠える。
何処かで、いつもの様に笑っている。だなんて夢物語を信じたい。ああ叶わない馬鹿な夢だ。夢を吠え続ける何かを、無理矢理にでも押し込めた。







乱雑に掻き混ぜ押し込めた何かは、いつからか、訴える内容を変えていた。

憎い。と吠えた。
私から彼を奪った全ての事象が憎い、憎い、憎い。
ああ、なら、何よりも憎むべきは、自分じゃないか。彼を したのは、他の誰でもない自分だ。ああ憎い、憎い、憎い。


…………。

………。

……。




ノイズ混じりの脳内が、唐突に静かになる。
はて、今まで何を考えていたのだろうか。


数分間考えてから、頭を振る。まあいい。
思い出せないという事は大した内容ではないのだろう。そんな些細な事はいい。もっと大事な事があった様に感じる。

ああそうだ、あの黒い賞金稼ぎを随分と長く見ていない。探そうと思っていたのではないか。そうだった気がする。

目的は思い出した。さあ、彼を探しに行こう。
思えば、私から彼を探した事などなかった。いつだって彼が私を追い掛けていたのだから。


長らく見ていないマッド。
今度は、私が探し出してみせよう。











そこそこの賑わいを見せる酒場に、どこにでもいる普通の男が足を踏み入れる。目についたのはその男の旧友の姿だった。


「よお、久しぶり。景気はどうだ?」
「よ。ま、そこそこかねぇ」


お互いの近況を交わし、軽い冗談を言い合った男達。その片方が話の口火を切った。


「…ああ。そういえば…こんな話、知ってるか?」
「何だよ、儲け話か?」


「残念ながら違うが、聞いとけって」
「うん…?…何の話だよ」





「人探しをしてる、化け物の話」



「化け物…」


それを聞いた男は物騒な単語だと言いたげに眉を潜めたが、彼の話は続く。





「そうそう。荒野でさ、いきなり現れるんだよ、その化け物。誰かを探してるらしくて、聞いていくるんだとよ。何処にいるか知らないかって」
「逃げても、適当な方向や場所を言っても、そんな奴いないって言っても、銃で撃とうとしても、鉛玉で蜂の巣さ」


そこまで聞いて、男は憮然とした表情で言った。


「おいおい、どうしようもないじゃないか」
「いや、あるんだよ、助かる方法」

「へぇ?」
「助かる方法は、素直に知らないって言うことらしいぜ」


実に簡単で、そして明快な答えに、思わず拍子抜けした男は小馬鹿にした様に笑う。


「ははッ何だよ、そのB級話。作るにしてももっとあんだろーが」


笑い話を提供しに来たのかと思い顔を見れば、語っていた男の表情は固かった。


「……………………」
「………おい?…どうした…?」

「…作り話なら、よかったのにな…」
「…………はぁ…?」


「全部、実話なんだよ」
「おい…、そんな冗談…」



「………ディーンがさ、死んだんだ。リックも。身体中、穴だらけになって」


心なしか周囲の温度が下がった気がした。




穴だらけになって死んでる奴が、最近妙に多いんだ。無差別殺人だって事で調べてんだけど、お手上げさ。
それらしいの見たって奴等も、沢山いるにはいるんだ。でも、どいつの話も混乱しててさっぱり。ほとんどの奴が、あれは化け物だ、としか言わないんだよ。



化け物





街を出かける前に聞いた話が、男の頭の中を巡る。
化け物。もしも本当だった場合は、荒野に出て馬を走らせる男にだって降りかかってくる災厄だ。
そんな馬鹿な、そんな物、いやしない。と思う傍ら、もしかしたらという考えも消えない。

ディーンもリックも、死んだ。
そんな嘘を言う様な奴ではない。…本当なのかもしれない。と考え、男はゾッと背筋を凍らせた。






……あれ、いつから、あの馬いたんだ。こんなに近づくまで、まったく気づかなかったなんて、おかしいじゃないか。



いつの間にか表れていた馬に茶色の服を来た男が乗っている。
その男の生気のない赤目が、男を捉えた。ぐずり、ぐずり、と何かがと這い上がる様な、赤い目が。


「!!………ひ、ぃッ…!」


咄嗟に馬を走らせる。思い切り避けてしまった。何だ、何だったんだあれは…。
恐ろしく冷たい目。気味が悪い、気味が悪い。気持ちが悪い。


随分と離れた筈だ、と後ろを見る。もう見えない。いない。心底安堵し前を見た瞬間、頭が真っ白になった。



何で、いるんだ。
スィっと男を見た男は馬をゆっくりこちらに歩かせる。



怖い、見るな嫌だ怖い、怖い、恐ろしい嫌だ来るな…!ガタガタと震える手で銃を握ろうとする。近づいてくるだけの赤目の男が異様に恐ろしい。とにかくその目から逃れたくて、銃を持ち上げ、



(助かる方法は、問いかけに素直に答える事)



止まった。
どうしようもなく逃げたくなる、震えた身体を抱えた。

問いかけ。問いかけ。それに答えればこの化け物から解放されるのか。




凍った目をした化け物がゆっくりと口を開いた。





「……マッドという男が…、何処にいるか…知らないか」













台風染みた魔王。







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