ふと、桜の木が目に入った。
この桜が開く頃、この国には春が訪れる。
そしてこの春、私は忍術学園を卒業するのである。



「「「海里せんぱーい!」」」
元気いっぱい(一人は余り元気いっぱいとは言えないが)な声と共に、ぼすん、と背中に衝撃が走る。
ぼーっと桜の木を見上げていたので、可愛い可愛い用具委員一年ズの突撃は不意打ちだったので、少しよろけてしまった。
ここにあの鍛練馬鹿がいたら「馬鹿たれっ!!忍者はいかなる時も気を抜かないのが常識だ!」と耳元で怒鳴られていたに違いない。
ここに文次郎がいなくてよかった、と心から思った。
「みんなどうしたの?」
「先輩!先輩!早く委員会行こうよ!」
喜三太としんべヱがぐいぐいと手を引っ張り、平太がそっと背中を押してくる。
この三人は用具委員会で世話を見てやっているうちに段々懐いてくれて、今ではすっかり慕われるようになった。
(三人とも、もうすぐお別れなんだよね・・・)
この小さな手をいつまでも握っていたい。そう思ったら、自然に握る手に力がこもった。



用具倉庫に着くと、留と作兵衛が既に中で作業をしていた。
「お、今日も子沢山だな」
私にくっついている三人を見て、留が冷やかしを入れてきた。
「ええ、今日も子沢山ですよ」
留の冷やかしは毎度のことで慣れているので、さらっと返してやると一年ズがわいわいと騒ぎ出した。
「海里先輩がお母さんなら食満先輩がお父さんで、富松先輩がお兄さん。僕らが弟ですよね!!」
「じゃあその場合僕らの誰が末っ子になるのー??」
「僕ら・・・同い年だし・・・ねぇ」
「三つ子でいいんじゃない??」
「なるほど!」
「ふふふ、君達みたいな可愛い子供なら大歓迎だよ」
三人の頭をなでてやると、三人とも幸せそうに目を細めた。
きっと気持ちがいいのだろう。作兵衛もなでてやろうとしたが「海里先輩がお母さんで、食満先輩がお父さん・・・!」とかなんとかぶつぶつ呟きながら急に頭を抱えたり、嬉しそうな顔をしたり、完全に別世界に飛んでしまっていたので止めておいた。
一体どんな妄想をしているのやら・・・。
「はいはい、お前らそこまでだ!作業に取り掛かるぞ」
いつまでたっても拉致があかないと思ったのか、留がぱんぱんと手を叩いて作業するように促す。
一年達は「はーい」と元気に返事をして作業に取り掛かり、妄想の世界からやっと帰ってきた作兵衛も作業に取り掛かった。
相変わらず見事な手腕である。
「うん、さすがお父さんですな」
さっきの仕返し、とばかりにからかってやると「馬鹿。そこはさすが委員長だろ」と笑って返された。
「でも、悪くないな」
「そうだねー。あんな可愛い子供欲しいなー」
「それもあるけどさ」
こほん、と咳ばらいしてから留が私を見つめてきた。目つきがなんだかいつもと違う気がした。
「お前と俺が夫婦ってのも、悪くないよな」
さあっと風が吹き、私と留の間を通り過ぎていく。
「えーっと、それはつまり・・・」
留の言ったことをどう捉えたらいいのかわからなかくて返答に困っていると、留が頭をがりがりと乱暴にかいた。
「あー・・・その・・・だな。お前が、海里が好きなんだよ」
「それは女として好きってことで受け取っていいの?」
さっきの留の言葉と今の言葉を繋ぎ合わせて出た結論を留にぶつけると、留は今までに見たことがない真剣な顔で頷いた。
ああ、これは本当に本気だ、と私は瞬時に理解した。
では、私はどうなのか?
面倒見がいい留が夫なんて女の子なら誰だって喜ぶだろう。
私だってそうだ。
しかしそれは想像上でのこと。
実際夫婦となること−つまりは一生留と共に過ごすことを考えると、よくわからない。
留のことはとっても好きだ。
それはもう胸をはれるくらい堂々と言える。
でもその「好き」がどこまでなのか、判断できない。
友達として好きなのか、異性として好きなのか。
「ごめん。今はよくわかんない」
散々待たせたあげく、こんな結論しか出せない自分が情けなくなり、しょぼくれた声で話すと、留は「気にするな」と優しく頭をなでてくれた。
留に頭をなでられるのは嫌いじゃないので、大人しくなでられておいた。
「あのさ、答え保留にしといてくれないか?」
「保留?」
きょとんとした顔で留を見上げる。
「『今』はわからないんだろ?だったら可能性はまだあるわけだ」
「う、うん。そうだね」
可能性は無い、とは言い切れないのでこくこくと頷くと、留は指を桜の木に向けた。
「あの桜が咲くまで・・・卒業するまで待つ」
「もしそれまでに答えがでなかったらどうするの?」
「その時はその時だ」
ちゃんと待つからな、とだけ言って、留は危なっかしく作業する後輩達の元へと行ってしまった。
残された私は留が指さした桜の木を見上げた。
私はちゃんとこの桜と同じく綺麗に咲くことが出来るのだろうか。
今はまだわからないもやもやした気持ちを抱えたまま、私も用具委員の仕事に取り掛かった。



用具委員会を終え、海里とあれ以上話すこともなく、俺は忍たま長屋に帰ってきた。今思えば大胆な事をしてしまったものだと俺はため息をついた。
もっと時期を見てから海里に告白するつもりだったのに、卒業というタイムリミットが自分の心を囃し立てたのだ。
勝負にでたからには今更引き下がるなど恰好悪いにもほどがある。
(どんな結果になっても、受け止める)
そう固く決意して、俺は床についた。


桜はまだ、眠ったまま。


2009.07.20

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