あれはそう、僕と海里がまだ一年の時だった。



ズッシャア!と派手な音と共に、僕は地面とこんにちはした。
すると辺りからくすくすと笑い声が聞えてきた。
見られていた、と認識した瞬間、恥ずかしさで死にそうになった。
とりあえず早くこの場から去ろう、と勢いよく立ち上がろうとするが、足がもつれて再び地面と挨拶するはめになった。
さっきまでひっそり聞えていた笑い声は一層強くなり、僕の耳に届く。
悔しさと恥ずかしさで目から雫が零れ落ちそうになる。
その時だった、僕を庇うように海里が立ちはだかったのは。
「こらああああああああああ!!あんたら何笑ってるのよ!!笑ってる暇あったら伊作を助けなさいよ!!」
海里の怒声に一瞬笑ってる奴らはひるんだが、再び僕らを指差しながら笑い出した。
「はは、善法寺だせーの!女に庇われるなんてなー!」
「男としてだせーよなー」
そう散々僕の悪口を言う奴らに、海里の手がすっと動いた。
あっという間もなく、僕の悪口を言った一人が地面に沈む。
他の奴らは何が起こったのか頭がついていけず、ぽかん、とただ立ち尽くすだけだった。
海里はそんな奴らをぐるり、と見回して笑顔で皮肉たっぷりに言った。
「あらぁー、女に負けるなんて男としてだっさいわねぇ」
海里の言葉にかちん、ときた一人が海里に向かって手をあげるが、海里はひらりとかわして綺麗にそいつの鳩尾に一発きめた。
しかもその威力はすさまじく、倒れた奴は腹を抑えながらのたうちまわっていた。
それを見た残りの連中は、真っ青な顔で悲鳴をあげながら倒れ伏す二人を放置したまま逃げてしまった。
「だらしないなぁ、ほんと」
海里は何事もなかったかのようにパンパン、と服についた埃をはらい、いまだ倒れている僕のほうへ駆け寄ってきた。
「ごめんね、伊作。助けるのが遅くなっちゃった」
えへへ、と笑いながら、海里は僕を引っ張りあげてくれた。
おまけに僕の泥だらけの顔をてぬぐいで拭い、服についた埃まではらってくれた。
その姿は、さっきまで男をのしていたいさましい姿とは違い、母性にあふれた優しい姿であった。
「いつも・・・ごめんね。本当は僕が助けてあげなきゃいけないほうなのに・・・」
海里に助けられた安心感からか、さっきまで堪えていたものがぼろぼろとあふれ出す。
男の意地として絶対泣きたくなかったのに。
ぐずぐず泣く僕を見て、海里はふふっと微笑んで自信たっぷりに言った。
「何言ってるの!伊作を助けるのは私の役目だよ!それを私から奪うなんて百年早いよ!」
「何それ」
自信満々に言われるから、思わずぷっと吹き出してしまった。
いったん笑い出すと止まらなくなり、僕は息があがるまで笑い続けた。
海里も最初は「笑うなー!」と怒っていたけど、最終的には僕に釣られたのか一緒になって笑い始めた。



この海里の宣言はものの見事に当たっていて、あれから六年たった今でも海里に助けられることは日常茶飯事だった。
今日も四年の綾部の掘った蛸壺に落ちてしまい(これが意外に深い)、どうしようか悩んでいるところに上から縄梯子がふってきた。
縄梯子をつたって地上へ戻ると、そこで待っていたのはやはり海里だった。
「今日もお役目ご苦労様です」
「どういたしまして」
そうしてあの日と同じように海里は僕の顔を手ぬぐいで拭い、服の埃をはらってくれた。
「それにしても、本当に百年続きそうだわこの役目」
埃をはらい終わった海里がやれやれ、とため息をついた。
「嫌になった?」
とうとう呆れられたのかな、と恐る恐る聞いてみると、「まさか!」と海里はあの時と同じく自信満々に言った。
「伊作を助けるのは今も昔も私の役目ですから」

2009.07.23



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