だるい授業も終わりようやく家へと帰ってこれた。早く部屋でのんびりしたい。
いそいそと鞄から鍵を取り出し鍵穴に刺して回すが、鍵が外れる音がしなかった。
「あれ・・・?おかしいなぁ」
試しにドアノブを回してみると、なんと扉が開くではないか。
そういえば今日最後に家を出たのはお兄ちゃんだった。
寝坊して慌てていたから、たぶん鍵をかけ忘れたんだろう。
「もーほんと無用心なことするんだから・・・。これで誰か変な人でも入ってたらどーすんのよ」
ぶつくさ言いながら玄関で運動靴を適当に脱ぎ捨て、リビングの扉を開く。
「あ、おかえり」
扉を開いた先にいたのは、椅子に座ってお煎餅をばりばり食べている見知らぬおじさんだった。
変な人入っちゃってるじゃん馬鹿兄貴!しかもなんか勝手に人の家の煎餅食べてるし!すごい堂々としすぎだよこの人!
「誰ですかあなた!!」
警戒心むきだしの私に対し、おじさんはお茶をずずっと一口飲んでから煎餅を私に差し出した。
「食べる?」
「いや、それうちの煎餅ですから!!」
そう文句を言うも、お腹が空いていたのでおじさんの手から煎餅を素早く奪って口に入れる。
私の行動が意外だったのか、おじさんはしばらくぽかんと煎餅を頬張る私を見つめていたが、やがてくつくつと笑いだした。
「知らない人からものを貰っちゃいけないって学校で習わなかったのかい?」
「あなたは知らないけど、煎餅はうちのもので知ってるものだから大丈夫なんです!」
最後の煎餅の欠片をごくりと飲み込みきっぱり言い張ってやると、おじさんは笑いながら椅子から立ち上がった。
「さすが伊作くんの妹だなぁ。君も実に面白い」
にやりと口角を上げながら、じりじりと私との距離を詰めてくる。
さっきまでのおじさんからでていた空気とは明らかに違う、ぴりぴりと張り詰めた空気に身体が震える。
おじさんが一歩近づくたびに私も一歩後退していたが、ついに壁際まで追い詰められてしまった。
終いには顔の両側に手を置かれ、おじさんが私の前に立ち塞がってきて完全に逃げ場を失ってしまった。
いや、このおじさんを倒せばまだ逃げ道はある。
私は残された逃げ道を作るために、にやにやしながら私を見ているおじさんに手にした鞄を叩きつけてやろうとしたその時。
「何やってるんですか!」
大声と共に青年がリビングに飛び込んできて、おじさんの頭をすぱーんと叩いた。うちのスリッパで。
なんだか今日はやたら家のものが勝手に使われてるなぁ。
「痛いなぁ。何するんだ”しょせん”君」
「”もろいずみ”です!余所様で迷惑かけちゃいけないってあれほど言ったでしょう?!」
そうおじさんを叱り飛ばした青年が、私のほうにくるりと身体を向けた。
「すみません、突然お邪魔してしまって。あとスリッパ無断でお借りしてしまって申し訳ない」
丁寧にお辞儀をして、青年は手にしていたスリッパを私に渡した。
それからおじさんの襟首を引っつかんで、「それではお邪魔しました」と爽やかに去って行った。
あまりの早業に助けてくれた青年に御礼を言うこともできなかった。
「一体何だったんだ・・・」
とりあえず今度来たらあのおじさんは一発殴って、青年には御礼をちゃんとしようと手渡されたスリッパに誓った。

「まったく、からかいすぎです!あの子おびえてたじゃないですか!!」
伊作君の家を出た瞬間、さっそく諸泉のお説教が始まった。
説教はいつものことだからさほど気にしないが、いい加減襟首を引っ張るのを止めてくれないだろうか。
せっかくの服が伸びてしまうではないか。
「おびえてなんかいないよ、彼女」
私がそう言うと、諸泉は問答無用で襟首を引っ張り上げた。
「ちょ、しょせん君痛い!痛い!首しまってるから!!」
「も・ろ・い・ず・み・です!!今度あんな馬鹿なことしたら本当に許しませんからね!!」
ちゃんと反省するように、と子供に言い聞かせるように言ってから、諸泉はやっと襟首を離してくれた。
まったく最近の若者はきれやすいから困ったものだ。
「はいはい」
適当に返事を返すと、じとっと睨まれたのできちんと返事を返しておいた。
また襟首を掴まれて首をしめられたらたまったものではない。
(それにしても・・・)
くるりと振り返り、さきほどまでいた家をじっと見つめる。
彼女は今頃どうしているのだろうか。
私がせまったときに見せたあの諦めの悪い目。
何とかしてやろうという強い志。
全てが全てそっくりすぎる。
「まったく、本当に面白いよ善法寺兄も・・・君も」
また暇なときにからかいにいってやるか、と心に決めて、なんだかんだで遅れている私を待っている諸泉の所までとろとろと歩き出した。

2009.11.12

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