予習・復習は常に完璧。
なのにどうして、追い付かないのだろうか。



「はぁー」
「どうしたんだ、藤内?」
「えっ?!あっ?!えっ!!」
仙蔵の声で顔を上げた藤内は、今が委員会中だったことを思い出した。
みんなの視線が自分に集まっているのが恥ずかしく、藤内は顔を伏せた。
「す、すみません・・・!気にせず続けてください・・・!!」
「いや、大丈夫だ。もうこれで委員会は終わりだからな。みな、帰っていいぞ」
「「「「有難うございました」」」」
一礼して立ち上がり、みんな部屋からぞろぞろと出て行った。
藤内もそれに続こうとすると、仙蔵に「待て」と引き止められた。
「藤内、ここに座れ」
仙蔵の指示に従い、藤内は仙蔵のまん前に座った。
一対一で仙蔵と話すことなど今まで一度もなかったので、藤内は緊張してしまい、身体がカチコチに固まってしまった。
「はは、そんな固まることはないぞ藤内。たいした話じゃないから気楽にしろ」
そう言って仙蔵は正座を崩して、藤内にも崩すように促した。
先輩の前で足を崩すなど、藤内にとっては恐れ多いことであったが、先輩の気遣いを無下にすることもまたできなかったので、
「ではお言葉に甘えて」と一言添えてから足を崩させてもらった。
藤内が足を崩し終えると、仙蔵が「さて」と話を切り出した。
「藤内、私の予習・復習は上手くいっているか?」
くすりと微笑んで、仙蔵は藤内の目を見据えた。
さすが六年。
自分がずっと仙蔵を観察していたことなど、とうの昔にお見通しだったわけか。
藤内は負けずに仙蔵の目を見返してから口を開いた。
「上手く・・・いってません。立花先輩を真似ようとしても、上手くいかないんです。先輩と比べて、本当に自分は駄目だなぁ・・・と思います」
「ふむ、それは何故かわかるか藤内?」
「僕の勉強が足りない・・・そう思います」
「そうか」
やはり正解は出せなかったか、と仙蔵は苦笑した。
熱くなって自分が見えていないのだから、仕方のないことなのだが。
「藤内、お前は誰だ?」
「浦風藤内ですが・・・」
おずおずと答える藤内に、仙蔵はこくりと頷いた。
「そうだ。お前は浦風藤内だ。何をしようがお前が浦風藤内ということに変わりはない。私が何を言いたいかわかるか?」
「えっと・・・」
なんとなくぼんやりとした形はあるものの、はっきりとした形を掴めず、藤内は答えを導き出すことができなかった。
尊敬する先輩の問いに答えられずしょぼくれる藤内の頭に仙蔵は手を置いた。
「では藤内、これは宿題にしよう。この宿題が解けたらお前の悩みも解決するさ」
話はこれで終わりだ、と仙蔵はぽんぽん、と二回藤内の頭を撫でてから立ち上がり、部屋の出入口に向かって歩き出した。
「藤内」
部屋の戸に手をかけたところで、仙蔵が藤内に声をかけた。
仙蔵から与えられた宿題について考えていた藤内が、弾かれたように顔を上げた。
「己を忘れるな。そして恥じるな。もっと己に誇りを持て。お前にはお前の良さがあるのだから」
そう言って、仙蔵は部屋を後にした。
「お前には、お前の良さがある・・・」
残された藤内は、仙蔵の言葉を何度も口にして噛み締めた。



「答えは与えてやらないんだな」
「盗み聞きするとは悪趣味だな、文次郎」
どこからともなく現れた文次郎に、仙蔵が皮肉をたっぷり込めて言ってやると文次郎はふんと鼻を鳴らした。
「たまたま聞えてきただけだ」
文次郎のことだから、本当に盗み聞きする気など毛頭もなかったのだろう。
たまたま耳に入った話題が気になって、最後まで聞いてしまったというところか。
「答えなど、与えてしまったらためにならんからな。自分で考えるのが一番さ」
ちらり、と先ほどでてきた作法室に目を向ける。
今頃あの後輩は必死に自分の出した宿題を考えているのだろうか。
「まあ、そうだな」
文次郎も作法室へと目を向けた。
その目はいつも見せる厳しい目ではなく、後輩を見守る優しい目であった。
「真似をしてその人から何かを吸収するのはとてもいいことだ。しかし藤内は完璧にその人を真似しようとしてしまっている。
それではただの模倣だ。模倣が本物を越えることはできない。本物と模倣を比べたところで、模倣が本物に劣るのは当たり前だ」
模倣でも鉢屋のように本物と同等にできるものもいるが、やはり鉢屋でも本物には勝てない。
自分が他人に化けたときでも、やはり本物と比べるとどこか違う部分がでてしまう。
それは本物の心の奥まで読み解くことができないからではないか、と仙蔵は思っている。
「自分を強く保ちながら人を真似、自分の良いところを伸ばしていけば、必ず成長できる」
風が強く吹き、仙蔵の髪が風にもて遊ばれる。
「それに藤内が気づくかどうか、見ものだな」
風になびく髪を押さえ、仙蔵は作法室に背を向けその場を後にした。
背を向ける前にもう一度作法室を見た時の仙蔵の期待に満ちた眼差しを、文次郎は見逃さなかった。
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