世界なんて、ただ醜いだけ。
だからどの世界も興味がない。
知りたくもない。知ったところで、自分の世界は変わりはしないのだから。
だから、僕は世界に蓋をした。
二度と見ることができないように。
固く。固く。



いつものように、孫兵はジュンコを含め虫達とゆっくり時間を過ごしていた。
虫達の様子を好きなだけ眺めて、ジュンコとお話しをする。
この時間が、世界そのものが孫兵は好きだった。
しかしそんな世界をいとも簡単に壊す奴がいた。
「お、なんだ孫兵。そんなとこで何やってるんだ?」
奴の名は神崎左門。
いつの間にかちょこちょこやって来るようになり、孫兵が怪訝な顔を見せてもお構いなしに居座り、自分が今日したことや見たことなど話し始める。
孫兵はそんなことに興味はないので、相槌だけうって適当に流していた。
そして満足したのか、話のネタがなくなったのか、左門は「じゃあ、またな」と言って勝手に去っていく。
毎日がこの繰り返しだった。
そんなある日、左門がまたひょっこりやって来て、孫兵の顔を真っ直ぐに見すえて言った。
「なあ孫兵。他の世界に興味はないのか?」
「・・・ああ、興味もないね」
孫兵は、この時初めて左門の言葉にまともに返事をした。
左門の顔を見ながら。
お前にも興味なんてない、と言ったようなものだから、これでこいつは離れていく。
今まで自分にちょっかいをかけてきた奴らはこれで離れていったのだから。
そう、孫兵は確信した。
だが、孫兵の予想は裏切られた。
いきなり腕を掴またかと思えば力任せに引っ張られ、立たされた。
「なら、私が見せてやろう」
にかっと笑って、左門は孫兵の手を引いて走り出した。
「おい、待て!どこ行く気だ?!」
「どこって裏々山だ!」
「裏々山はそっちじゃないぞ!」
「こっちが近道だ!」
自信満々に左門は言い張って、さらに足を速める。
「だからそっちは逆だって!」
力を入れて左門から手を離そうとするが、左門のほうが力強いのか離すことはできなかった。
ぐんぐんぐんぐん、すごい速さで引っ張られていき、気づいたときにはもう忍術学園が遠くになっていた。
あまりの速さに頬に当たる風がいつもと違ってとても冷たい。
(なんか自分が走ってるときと風の感じが違う気がする・・・)
頬にあたる風を肌で感じながら、孫兵は左門に引っ張られるがまま景色を見る。

どこまでも広がる野原。
そこに咲く美しい花々。
人であふれる街。
世間話にいそしむ人たち。
今日の夕飯の買い物をする人。
川原で遊んでいる自分と同い歳くらいの子供たち。
段々沈んでいく夕日。
忍術学園では見れない景色が、近づいては遠ざかっていく。
蓋をした世界が、再び溢れ出す。

(ああ、これが世界か・・・)
孫兵は両の目を大きく見開いてその一つ一つを刻み付けていった。



結局裏々山に着いたのは日も暮れた頃だった。
「お、着いた着いた」
左門はやっと孫兵から手を離して、うーんと伸びをする。
「着いた着いたじゃないよまったく・・・」
どっぷり暗闇に包まれた辺りを見渡しながら、孫兵は大きくため息をついた。
「っで、ここに僕を連れてきて何がしたいのさ?」
「ん?ただ連れきただけだ!」
ずばりと言い切る左門に、孫兵は開いた口がふさがらなかった。
てっきりここに何か目的があるから来たと思っていたのに。
あまりの馬鹿馬鹿しさに痛む頭を抑えながら、孫兵は左門に問うた。
「よくこんな意味もないことできるね」
「意味がないなんてことないぞ?」
そう言って、左門は真っ直ぐに孫兵を指差した。
「孫兵、今すっごく笑ってる!だから意味があったと思うぞ」
「なっ・・・!」
自分が笑っているなんて冗談じゃない、と孫兵は思ったが、頬が緩んでいるのは事実であった。
「他の世界は楽しかったか?」
「まあ、楽しかったんじゃないの?」
まともに左門の顔を見ることが出来なかったので、孫兵は横を向いてぶっきらぼうに告げた。
左門はいつものように「そっか!」とあっさり言って、暗闇なんか照らしてしまうほどの笑顔を孫兵に向けた。



固く閉じていた蓋が飛んでいく。
世界があふれてくる。
だけど今度は蓋をせずにちゃんと受け止めよう。
この世界を、もっとちゃんと見たいと思ったから。
蓋はもう、いらない。

ほら、世界が変わっていくよ。

2009.10.07

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